一つの章の終わり
タイムリーに書かなかった事。
私は最近、何かを抜けたな、と感じています。
浮いたり沈んだりの繰り返しですが
いい意味で、半年前とは、全く違うのは
わかります。
一年かけて、コツコツやってきた作業が
終わりを迎えています。
ここ数日で、開けた世界は 真逆でした。
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2週間位前???実家の介護中、
またモヤっとした事があって
でも、
呆けている人に
突きつけて良いことなのか迷って
飲み込んで帰ってきました。
そこで、別件で、つい息子に
八つ当たりしてしまったのでした。
友と遊ぶ為に、そのあと直ぐ家を出た息子。
ごめんね、とも謝れず、後味悪く・・・
大反省。
何やってんの、私。
最も大切な人に 八つ当たりするなんて。
本末転倒❗️こういう悪循環は、絶対駄目
息子の優しさに付け入った私でした。
思い直して、LINEで息子に謝り
実家に行って向き合う事に決めました。
今の母の呆けは 本当に都合がいいの。
どう、母を解釈して良いかも、戸惑う。
ただ
母の都合のよい「記憶の輪郭」をなぞると
母の世界が見えてくる。
母は、それをわざと、私に見せているの
それを私が飲み込めば
( 合意したね。だったら、あんたは、この中で生きるのよ。私は悪くないし変わらない!)
と、振る舞うの。
そのやり方はずーーーっと
呆ける前から変わらない。
そういう人だった。
情けなくなる。
父が旅立ってゆく間際の
母がした選択は
私を人生で、最も踏み躙った瞬間だったよ。
親がする事ではなかったよ。
でも、半分、呆けている事を考慮に入れると
強固に無かったことにしたがる母の姿に
哀愁を感じ
真実を突きつける事に
躊躇する心も生まれたよ。
変わらぬ母の醜さに耐えられず、
時々、真実を突きつけた時の
母の「焦り」や「逆ギレ」ぶりから
心情を把握し、
あぁ、本当は、母も
わかっているなと思いました。
だけど、
恥じと苦しさで、受け入れられないんだなと。
一年以上、私も苦しかったよ。
私しか、真実を見ていない事が。
母を「別枠」で受け止めようとしてきた部分はありました。
それは、私の情でもあり弱さでした。
私の旦那は
「呆け老人のお母さんの弱みに漬け込んだ姉夫婦が悪いんだよ。」と
隣県の呆けた自分の母親の介護している
旦那目線の意見には
確かに一理あると思い、
救われた自分もいたし
逆に苦しくなった自分もいました。
保留にして、母へは、踏みとどまってきました。
でも、
一年、母の様子をみてきて
一つも報われなかった。
保留も、もう、限界だったのでしょう。
最も、上記のタガを外して
今までの率直な想いと真実を
ニュートラルな場所から
ありのままの渾身の怒りを込めて、
整然と、語り切りました。
母も黙るしか、ないぐらい。
タイミングも絶妙でした。
姉に漬け込まれて、
父の初盆を放り出し
私が一人で、父を迎え火でお迎えした頃に
転んで肩を骨折した母。
母の生き様を一年、受け取った私に
老人ホームに入れられると思ったでしょう。
でも、
私は、それをしなかったし
骨折の介護も全部、やり切り
更に、今後の事も考え、
実家の仕組みも整えたの
姉は、というと口だけで
結局、介護からは逃げて。
さすがに、
母が呆けていても
覚えていられる姉の姿があったから。
それは、
父の死の前後に起こった事と
全く同じ心の仕組みで、起こったの。
今回の介護で私がとった行動も
この一年の、私の姿そのものだったから。
母の心も、リンクしたのでしょう。
本当に、絶妙な時に
私がブチ切れた状態だったんだろうと
わかる。
全てが完璧だったよ。
しかも、
母に切れる前に
仏壇の父とご先祖さまと神さまと、私は
ずっと対話してきたの
何度も、何度も、見通した事を訴えて
怒りを伝えてきたの
それがとても、大切な事でした。
出し切るってやっぱり鍵なのよ。
母との対峙が
その後だったからこそ、
淀みなく、深く話せたと思う。
母の反応も、違ったのも
タイミングも完璧で
私の中に漬け込む隙が、
もうなくなった事が
伝わったのでしょう。
必要なら、縁を切る覚悟でした。
母は初めて、
聞きたくない事
ずっと逃げていた事
逆ギレしか、できなかった事を
私から、突きつけられても
最後に『・・・わかっているわよ!』
そう呟いたのです。
絶対に、この空気では、
母が口に出来ない言葉でした。
あり得ない、事でした。
あぁ、何かは、今、この瞬間は、
届いたのだな、と
やっと、微かに癒されたのでした。
母は、また、元の恥知らずに戻るかも。
そういう人だから。
でも、この事は一生忘れません。
父が旅立つ少し前も
私は、やり切れなくて、苦しくて
父に「何で、怒って言うの?」と、聞いたら
『・・・自分に、怒ってるんだ。』
そう返ってきて・・・
その一言で、怒りが消えていったのを
思い出しました。
父は、生前、
絶対にその言葉を
口にする人じゃなかった。
泣けそうでした。
ねぇ?
そこに、光が見えたら、私は、ちゃんと拾うよ
この父の、想い言葉を
当時、母にも話しましたが、
全く共鳴はありませんでした。
姉夫婦にも話しましたが、
鼻で笑ったの。
笑い話じゃ、なかったよ。
皆んな本当、屑、だったよ。
父も、確かに、厄介な人だったけど。
父の魂は、母姉の魂に比べたら
ずっと、ピュアだったよ。
同じ事が父に起こっても
父は母を絶対に裏切らなかったよ。
それだけは、確信が持てる。
もし、母がずっと屑だったら
母も合意するだろう父の姿を
死ぬまでに、突きつけてあげる
と思っていた。
言わなくて済むなら、幸い。
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以下、ここからは
シンクロニシティと、不思議な話。
母が初盆を放り出す、と決まった日
私が引いたカードは剣でした。
このカードは 断ち切る!という意味合いで
今、やらないと、また背負い込むよ!と
急かされている気がしました。
確かに、一年前と同じ状況で
同じ心を選んだ母を
私はもう切るタイミングなのかもと、
思いました。
カードのメッセージはストレートで
逆に、私の心の用意が追いついていない事を
自覚させられたくらいでした。
それから数日、
ここぞ、という心の時に、
しっかりシャッフルしてカードを引いても
また、剣・・・
また、剣・・・
そうなんですよ💦
カード、あるある、ですよね(笑
こういう「ツール」って、
どんなものでも、
きちんと向き合って使っていると、
誰でも「シンクロニシティってこういう事か」って、感じられると思います。
必要な時って、
びっくりするぐらい、あり得ない確率で
決まったカードしか、引かないの。
シンクロニシティの存在を
認めざる得ない時です。
今なのか、と
『剣』を、母を断ち切る事を、
意識して、考えながら過ごしていました。
初盆の初日に、父をお迎えをして
仏間で私の家族と一緒にご飯を食べている時に
ふと、思いついて!
私が母に贈った、カードのデッキを借りて
亡き父と対話するように、
家族で一枚ずつ引く事にしました。
特別な日だったからです。
そしたら、私には
『今ある計画を一旦保留に』というカードが!
正直、ピンときて
はぁ???? となりました。
剣のカードを意識していた私は
母をホームへ繋げる事を考えていて、
それも、もう妥当だと思っていたから。
しかも、
私は、何度も剣のカードを引いていたので
何故、ここにきて??? と、
また、亡き父が、母だけを守り、私にだけ背負わせようとしているのかと、うんざりして
仏壇の前で、更なる怒りも湧いたぐらい、
ありのまま、でした。
その実家からの帰りの車の中で
母が肩の骨を折ったという連絡が入ったのです。
何となく ( あぁ、これか・・・❗️❗️❗️)、と
繋がった気がしました。
母を老人ホームに預ける選択を
意識して過ごした数日間。
心はそっちに向いていました。
そして、つい1時間前に引いたカードは
計画を全部保留にしなさいというカード。
その直後に、
飛び込んできた母の骨折の報告。
繋がりました。
父の仏間で引いたカードが無かったら
私も「本当にチャンスがやってきたわ。」と、直ぐ、動きそうでした。
でも、父の仏間でのカードが
『計画は保留せよ。』だった事が
頭に残っていたので
慎重になり、
今は、保留にして、やれる介護をやって、
流れをみる事にしました。
そして、
最も、良いタイミングで
私はきっと、
剣を降り下ろせたのだと思います。
剣の使い方は、
老人ホームに入れる事ではなく
真実を逃げ続ける母に突きつける事でした。
振り下ろしてみて
剣のカードは、これだったんだな、と
ストンと納得できました。
まさに導かれ
言いたかった事を言えて
母に、人生で初めてなぐらい
微かに届いたと実感を得られた
大切な日でした。
あの日が
あったか、なかったかの差は、
母が亡くなった後にその価値を知るでしょう。
老人ホームに入れる事より価値のある事でした
今、私は 楽になって
何かが始まったように
良き出逢い、人、シンクロに遭って
励まされています。
母や姉について
私は
許した、とか
許さない、とか
そういう次元でも、なく
ただ、もう、関係ないなーと感じるのです。
私は、私の為に働いてゆくし
母の介護も
母が喜びを感じるよう心を持って
今まで通り、してゆくけれど
わだかまりは
減ってゆくでしょう・・・
そんな気がしています。
もちろん、また、
呪う時もあったり
嘆く日もあるでしょう。
でも、全然もう、そんな自分も怖くない。
完全になんか、なりたくない。
揺れる勇気のない人間にも、なりたくない。
凹んで動けなくなる時もあるかもね。
仕方ない。浮上する為に、受け入れるよ。
いい気にならず
今ここ、にある幸せを
大切にして、大切にして、
新しいものに心を開いてゆきます