復讐と仏壇
父の仏壇は
今時のマンション仕様の小さなものです。
父が逝った時、実家に
兄の水子供養の為に買った
位牌入れが空になって残っていたの。
兄の位牌は、もうお寺に預けていて
母は「アレで良いじゃない・・・」と言って
父の仏壇は買うつもりもないようでした。
でも
流石に、ヤニで汚れ合板は所々剥げている
位牌入れに
ただでさえ姉と母の
異常な振る舞いの中で
旅立った父を納めるなんて、不憫で・・・
せめてもう少し、と
母が買う気になりそうな仏壇を探して
ニトリのシンプルな仏壇を購入させました。
仏壇を載せるのに、ちょうど良い
小さな机の方が値は高かったぐらいの、
安い家具調仏壇でした。
それでも、
仏壇として
守り尊も置けて形にはなり・・・
御供えもできるスペースもあり・・・
母が、日々、父と対話できるように
設定できるなら・・・
買わないより、マシ。
そう思ったのです。
だから、
買う気のない母でも
心が動くように
足を使って何件も探して
母の好みのニトリの家具調の仏壇を薦め、
母に買う気にさせる事に成功した仏壇だったの。
向き合える場所が作れたら目的達成。
充分だよ。
そう思っていました。
が、
届いてみて、設置したら
今度は、ただの買い物スイッチが入った母・・・
父の為に、では ないのです。
買い物欲が出たのよ。
元々、母は、浪費家ですから。
けど、
そこまで何日もかけて奔走し
手続きして、配送調整をして
やっと、組み立て設置が終わった
仏壇を
「こんな安っぽかったかしら・・」と
納得がいかない様子の日々・・・
😩・・・
「わかった。だったらもうこれ、処分しよう。」
「お金は多分返ってこないよ。引き取ってすら貰えないかも。それでも良いね?」
「で、新しくこの机の上に乗るサイズの納得のいく仏壇を探そう。」
そうして、
仏壇と、中に納める御神仏選びの旅が
母の趣味として、始まったの。
何店舗も回ったわ・・・
『 やっぱり無垢の木の仏壇がいいわね!』
『 この仏様はあまり・・・あっちが良いわ。』
結局、ニトリでは3万程の仏壇仏具が
あっという間に仏壇屋にホイホイ乗せられて
うん十万円になりました。
普通の仏壇も、充分買える値段でした。
でも、そこには
父への想いはなかった事を
私は・・・見抜いていたよ。
自由に出歩けなくなった母にとって
家具調の仏壇は思ったよりスタイリッシュで、
ワクワクしたのよ。
母の好きな系統の物だったから。
お洒落な机の上に置いたら、
素敵空間が出来上がる・・・
父の仏壇を買うというより
家具を新調する買い物イベントになったの。
それでも、
毎日、
( ・・やっぱりこの仏壇、安っぽくて嫌だわ!)と
思いながら、父へ向き合うぐらいなら
母が気にいる仏壇に、変えた方がいいのよ。
それで、
余計な心が疼かず
心おきなく
父に向き合える「装置」になるなら。
そう思って、私は奔走したの。
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その仏壇は、少しの間、
母から御供えもされていました。
新しいご飯や、コーヒー
でも、数ヶ月でした。
自分の恥を、
都合よく心に納め終わった頃から
御供えも
お水換えすらも、やらなくなって
私が行く時に
あげるだけになっていました。
昨年12月に
サービス付き介護住宅に入居した時に
仏壇は持っていかせました。
でも、施設の部屋を整え終わる前に
圧迫骨折で救急搬送されたり・・・
年始に絶縁した姉とあり得ない出来事勃発で
また私を、平然と踏み躙った母に
もう心が折れそうになって
できる限り母と心の距離を空け
それでもやるべき事から逃れられず
やっと今。
その間
父の仏壇は
施設の細いクローゼットの中段に
押し込まれるように設置されていました。
収納力ある家具を買って、
その上に仏壇を設置するはずでしたが、
もう、母の為に動きたくなかった時期でした。
細長いクローゼットが
父の仏壇にジャストフィットだった事も
設置し直す気力を、削いでいました。
ただ、
朝、施設に行くと、
必ずクローゼットの扉が
閉じられている事が嫌でした。
私が施設に行かなければ
その扉は、開けられる事がないのです。
母は、扉を閉じる事だけは積極的でした。
正直、その行為が嫌で、情けなくて。
朝、施設に行って
私が母にお茶を淹れながら
父にも、お水とお茶と好きな物をお供えし
クローゼットを開けて帰る日々でした。
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母は、
逃げているのです。
罪悪感から。
知ってるよ。
いつものやり口だったもの。
でも、それ
あなたの業なのよ。
父にぐらい、
あの時はごめんねって、
あの世に逝くまでに、謝りなよ。
深く醜い業を持つあなたに
父は最も優しく
業を解くチャンスを
くれているのかも知れない。
母よ、
それができなかったら
逝く時に
あなたの心が創り出す業火に・・・
焼かれるのよ
それは、何ものかからの罰ではなくて
ただ、心の仕組みなの。
誰にも救えないのよ。
まるで、父が身を挺して
母を守ろうと導いてくれているかのようだよ。
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私が風邪を引いて、行けなかった2週間の間、
仏壇のあるクローゼットは
母に一度も開けられていなかった事が
行ってわかりました😢
だと、思ったよ。
お茶とお水とコーヒーは干からびカピカピで
御供えものは蒸れて臭った😔
逃避癖・・
自分に都合の良いことだけを
都合よく信じ込む姿は健在だけど、
実は
疼いている心が
母には、まだあるのも知っている。
本当に、屑で、馬鹿だと思うけど
最後のチャンスは、まだ残っているのよ。
向き合いなよ・・・
父にだけは。
父にだけでも、
あの時は、ごめんねって
言ってあげてよ。
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そんな、こんな気持ちで
ずーーーーーーっと気になっていた父の仏壇を
お盆直前に
やっと、やっと、
施設のクローゼットから出して
設置してきた❗️❗️❗️
私「もうお盆だし、父が還ってくるって時に、これはないよなって気になってた。私が来なければ扉も開けないし、閉じ込められているように感じて可哀想だった。」
と伝えて。
昨夜
実家マンションから、
元々、仏壇とセットで買った小洒落た机を
旦那にお願いして一緒に運び込んでもらい・・・
今日は早くに行って
父の仏壇を、その机に設置してきた。
母の寝室に。
盂蘭盆の卒塔婆も飾った。
小さくとも、お盆のお菓子も果物も御供えした。
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父の仏壇が、
目に触れる場所に
設置された母の様子は
この流れから、想像がつきますよね。
その通りの母でした。
居心地が悪そうで
仏頂面のまま、一言も発しません。
それでも、母は
利己的にゆくと選択したら
仏壇を隠せなくても、無視するでしょう
そういう人です。
もし、目に入って向き合う事を選ぶなら
少しずつ、始まるでしょう。
今は、この設置し直しは
母にとって忌々しい事だと
私は気づいています。
でも、あえて 私もやっている。
半分は、
仕返しの心かも。
うん。それもあるよ。
でも、その心が
必然として私に湧いているのも
それを役立てる事が出来る
私へのお導き。
復讐のエネルギーも正しく、
私は使えます。
湧く心も、責めません。
自分に寄り添えるのは
選択の意味も心も理解できているから。
それらは自身を裏切っていないから。
母は、
取り組むべき責任を
一つも取り組まず
ずっと生きている。
繰り返された連鎖です。
でもね
死ぬまで
どんなに身体が動かなくなっても
半分、呆けても
完全に呆けても
やれる事は、あるのよ。
不貞腐れたような無表情で
作業をぼーっと見ていただけの母。
母は、私にだけは
取り繕う事を、全くしません。
お盆時期に、
仏壇を出して欲しくなかったのでしょう。
呆けているけれど
覚えているのです。
昨年、父の新盆を放り出し
旅行に行って、初日に骨折した事を。
ターミナルで、父を裏切った事も、
もう存在ごと日々の記憶から
消し去りたいのでしょう。
父の遺影は
最後に
姉と画策して
蠢いた己の屑っぷりを
想い出させる装置になり
向き合わない人には
見たくないものなのよ・・・
私の存在自体も、そうなのよ。
あなた達がやった事を、
なかった事にしなかったから。
でも、それも、愛だった。
屑への、愛。
もう言わない、と思っていたけど
この前、
車椅子で受診して
母がオシッコを盛大に漏らし
処理をしたり
検査だらけで昼食も取れず
必死に車椅子を押して
病院内を駆けずり回っている時に
ふと、父との受診を思い出し(同じ病院だから)
心が わっーーっと苦しくなって
これは 今いうべき時だ‼️、と悟って
母に
私『父の受診もこんなだったよ。ずっと振り回されて、こうやって駆けずり回って、支えたよ。10ヶ月ずっと。車椅子で支えるってこういうこと。自分がこうなってみて、少しはわかった⁉️💢
そんな私に、あんた達(母、姉) 何やった⁉️何やったか、わかってんの💢⁉️』
切れた口調で鋭く、叫ぶように
車椅子に乗った母に後ろから放ったわ。
きっと、
父やご先祖さまから貰ったチャンスでした。
母は車椅子の上で、
バツが悪そうに黙っていたわ。
何も言えず。
あぁ、今、やっと、
少しは伝わったのだ❗️と
感じられたよ。
2年目にして、
初めての様子と顔だった😢
やっと😢
でもね
どうせまた、
母は利己的になって
忘れてゆくのだろう。
それでも、
微かに、溜飲を下げる事が叶った瞬間でした。
これも
仕返しだったかも。
うん。だね。
でも
この仕返しの中にも、愛はあるの。
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お盆の日、
姉が施設に泊まるそうです。
本当は去年のように
旅行に逃げ出したかったでしょう。
去年、父の初盆なのに
母と姉は、父の新盆のお迎えを放り出して
旅行に行ってしまった。
直前で、
姉に唆された母は
また、欲を選んで行ってしまったの。
呆れました。
でも、行ってすぐ、
肩の骨を折った母でした。
あぁ、ご先祖さんからの罰が下ったと
その時は、本当に思いましたね。
今年は
母の圧迫骨折の調子が悪いので
姉も旅行には誘えなかったようで
施設に泊まりにくるそうです。
でも、一泊だけです。
もっと泊まればいいのに。
私が解放されるのは一泊だけ・・・
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いつも
仏壇のあるクローゼットは
姉が来る日は開けず、
締め切ったままだったはずです。
私が行かなければ開けないし
姉が父に挨拶した痕跡も皆無でした。
母と姉は
共犯で一味ですから。
でも、残念ですね。
もう仏壇は、部屋に設置してあります。
クローゼットを締め切って
あの頃を、なかった事にして
過ごしたかっただろう2人へ
私からの
小さな復讐です。
姉には、愛はないので
純粋に、復讐の気持ちです。
父を感じて
父の死を利用した罪悪感を感じて
お盆ぐらい、過ごしなさい。
それが、正しいお盆の過ごし方よ。
それでも、父は・・・
愛した母と姉と
一緒に過ごせる事は嬉しいと思うから・・・
迎えてあげて。
私は最後までゴミ箱だったから
父母が私に押し付けた役割と
その結果の私の父の記憶も
書き換える事はできない
私には本当は家族はいなかった
それでも愛されたかった私がいたよ。
愛していた私がいたよ。
父が
母と姉と、お盆に会って
嬉しいなら良いなと思うほど。
涙がでたよ