境界から見る景色

はじめましての気持ち

誕生日旅行

めい

母の誕生日旅行


母にちょうど良いサイズのコンパクトさで、

眺め良く、椅子も座りやすくて

良いお部屋でした。









一緒に乾杯。

上は出汁仕立てでそのまま食べる飛騨牛鍋


下は飛騨牛のシチュー

洋風過ぎないあっさりで美味しかった。


一品づつが少量の

量より質の食事にした。


それでも最後はお腹いっぱい



飛騨牛がメインで

肉好きで味にうるさい母には良かった。


(お肉の「質」が良くて、ほっ💦)



朝はバイキングだったけど。(これは私の!ちまちま取ってしまった。朝食いつもは食べないのに!)


自由に色々をもう選べない老人には

これも遊び心くすぐる仕様になっていたようです。


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お昼はお蕎麦。

お味はそこそこだったけど  

店内もきれいで

窓から見える景色が、青々していて良かった。


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琵琶湖を上から眺める


景色を堪能したら、


そそくさと売店に向かう、

花より団子、な母の後ろ姿。


くるものがあって

画像を撮った。


強かった買い物欲も、

最近、めっきり足腰の衰えに

追いやられていた。


でも


新しい場所だから

心動いたようだった。



この後、売店で

誕生日のプレゼントを買う事になった。


手作りの五つ入れこになった

竹籠を発見したの。


母「これは良いわね!手作りよ!」と母。


3セットあって、

1セットづつ、少しずつ大きさも色も、編み目も揺らぎがある、手作り品だった。



ちょうど介護施設の

フラワーアレンジメントの日に、使えそう!と


「じゃあプレゼントするよ」と買ってあげた。



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ここに決まったのは


母の誕生日の当日、

まず、宿で体調をチェックして


母の希望を聞いた。


ようは、足を伸ばせる範囲を

相談で、当日に決めたの。


今いる場所( 宿)、から全方向へ。

東西南北、選べる提案をして

イメージさせた。


その中で、母が選んだのが

期せずして、奥琵琶湖だった。


そう、blogにも感動して書いた

つい最近、私が気に入って2日続けて通った、


あの、奥琵琶湖。


そっか

この為だったのかな・・・


母の限られた体力と時間の中で

スムーズに選んで回ることができた。


(前回も、ここで画像を撮ったなぁ・・)


母も「奥琵琶湖には来たことがないわね」と。

(呆けて忘れているだけだと思うけど)


景色を、新鮮に楽しんでいるようだった。


晴天で、素晴らしい景色だった。


ここのジェラート、美味しかったなー


こんなに、自宅から近くに

こんなに可愛いく爽やかな高原が

あったなんてね。

有名な並木。


真っ赤になる秋に、また観たいね。

秋も、連れて来られたらいいな。



息子に買うと。

お土産を最後のSAのコンビニで。


ミニサイズのお酒は、

泊まった宿で、母が私へと買った。

パンダのお酒は可愛いから息子に!だって。


介護施設に帰りついて

色々を済ませて


ベットに寝かせて


私「じゃ、また明日ね、」と

帰宅しようと立ち去る時に


後ろの方から


小さな小さな声で




旅行について、ではない感じを

あえて装うように?




母が「あ⤴︎り⤵︎がと!」と

言った事を


聞き逃さなかった。



どんな時も、このタイミングで、

この言葉を意地でも口にしないで生きてきた人。


お?と思ったけど



あえて正面から受け止めなかった。




振り返らず

背中で聞いて



なんでもない会話のように


ん。じゃ、ね!と


帰ってきた。


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何が違った?


色々、分析はある。


私が期待を100%手放したからと

スピかぶれ界隈の人達は


嬉々と解釈するでしょう。


私も、そうかぶれていたら「やっぱり!私が変わったから、母も変わったんだわ!」と思ったかも。


確かに、それもある。


ありのまま受け入れる空気に

変わっていたでしょうから。


でも、そうなったきっかけは


もう、戻れないゾーンに入った母の呆けを

私が、見切ったから。


絶望し諦めたから。


呆けて、

呆けて、

呆け逃げて


更に狡くも

せこくもなった。


でも、

諦めるしかないという絶望は

救いでもあった。


母は、去年より一段呆けて


毒を吐く事すら、

多分、不自由になってきたのよ。


言葉がうまく出なくなった分


期せずして


私といて、

悪循環にハマるきっかけが

減ってきた、という事は


多いにあると思う。




そして何より、←ここ重要(笑)


去年より、宿が・・・高かったから(苦w)


母に、値踏みをされたのよ。

それは・・・わかっている


父とは、他の周辺のホテルには

泊まったことがあったらしい。

けれど、今回の宿は泊まった事がなかった。


その理由はわかる。


まだ体力にも余力があって

他の温泉にも行けるのに


いくら百名泉♨️に選ばれていても、


家から近い場所に泊まるのに、

あえてその金額を宿に払う価値を

まだ感じなかったのでしょう


老いた今だから

私も、そういう選択を出来た。

近くで、満たされる為に。


近くで、非日常。


ちょうど良かったの。



母にとったら「私のお眼鏡に叶ったわよ!」という、上から目線の


コントロールと

アピールの為も、


あったでしょう。


そういう人だから。


今後の参考にして欲しいから

のアピールでもあったでしょう。



純粋に


嬉しく思って

帰ってきたかったけど  


でも、そうではないものも、ある。


それも事実だから。


期待しない

ありのままを観る、と言う事は


美化し過ぎない事が必須だった。


それを


認めたくなくて


微かな何かが見えるたび

美しく信じ続けた私が馬鹿だったの。


過剰に美化して

誤魔化さない


もう、傷つかない。



ありのまま


ただ母の姿を、分析し

ありのままに受け取った。






それでも、認める。


呆けた分

壁は超えやすくなったのかも。


少し、頑張って口にした

「ありがと」の一言だったでしょう。


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母の変化。


温泉♨️だったのに大浴場は

もう全然、楽しめなかった。


杖を借りて

私も支えたけれど


大きな湯船に入るだけで精一杯

移動で、歩くのに必死で。


ギリギリ、去年の旅行が

一緒に大浴場でお風呂を楽しめた

最後だった。


宿は母には気に入らなかったけれど


母の毒がなければ


希望の全てを満たそうと

娘が心尽くした

素敵なものが一杯詰まった旅だったよ。




あの時に


ありがとうって、言葉を

聞きたかった。





今回の旅で

やっと母は、衰えを感じたのかも。


去年は認知が歪んでいて

まだ「治る」と思っていたのでしょう


色々が


もう人生の終盤だと

旅の間に、感じたのかも。


(それも呆けで忘れるけれど)




今回の旅は



微かに、甲斐があったと


やっと、やっと

ほんの少し満たされた。



人生で初めての旅になりました。