片付けられない母
最近、YouTubeの
汚部屋、
いわゆる片付けられない人達の
依頼を受け、掃除してゆく清掃業の方の
YouTubeチャンネルを登録した。
物凄い状態の💧
溢れるゴミを淡々と片付けてゆくのを
実家の片付けに苦戦している自分に重ねて
力を貰っていた。
以前blogにも、軽く書いた事があったけれど
父も母も『片付けられない人間』の範疇に入る
血族の恥だけど、
姉夫婦も全く同じ。
同じ血が自分にも流れているから
脳の構造上 言い換えれば傷によって
やり難く苦しいのも、分かる。
鬱っぽくなると
より、悪化するのもわかる。
捨てるということに
結びつく傷があるから。
でも、
病気とくくって逃げるのは
違うのでは?と思う。
抗えないものだとは、私は思っていない。
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介護が本格的になり始めた7年前、
事情があって( それも苦しい事だった。)
父母との壁があり
息子(孫)抜きで、父母と会う事の違和感を
越えられないままだった。
そんな時に、母がボケ始め・・・・
あぁ💧もうダメだなと、
壁を破って、一人で実家に行き始めた。
実家のキッチンから手を入れた。
その時点でも、相当な荒れようで
父母だけでの生活の限界を感じた。
生ゴミとプラごみ以外のゴミは、
フローリングにゴミ袋を広げて直に溜めていて、分別も出来ずぐちゃぐちゃだった。
どこも黒くてドロドロで。
キッチンの使える調味料は、塩だけ。
本当に塩だけだった。
山のように積まれた食材。冷蔵庫にはもう一つも物が入らない程、ぎゅうぎゅうなのに
その9割が、期限切れや腐ったゴミだった。
それだけじゃなく家全体にカオスが一杯だった
私もやるから、改善をしようよ❗️と、
提案しても
冷たく抵抗された。
父も母も、立場を勘違いしたダメ出しばかりで進まず、一体、私は何をしているのか、苦しかった。
横柄な父母の態度に、心と身体を病んで
吐きそうになりながら
それでも一つづつ、クリアして
半年かかって、やっと
最低限、数年は安定して住めるように出来た。
(高齢になったから、ではなく、以前から父母は一度家を捨てるように住み替えているし、今の実家も私が二十代の頃から、2度大規模に手を入れて、今がある)
母がボケている事も、父は長い間、受け入れなかった。
受け入れるのに2〜3年かかったかな。それも異常だった。
現実を直視しないのは、汚部屋を作ってゆく人の心の動きそのものだった。
YouTubeチャンネルのコメントには
皆「病気だから受診しないと」とコメントが。
もちろん、実家は、そこで紹介されている汚部屋のようには酷くはないです。
でも、同じ人の匂いがする。
実は、姉の家の方が実家より酷いし
亡くなった叔父さんも、そういう人だった。
DNAに乗った傷、脳の傷=心の方向性
たしかに、変わり難い、という意味では、病気の範疇だと思う。
病院で、病気認定も悪くないよ
でも、こういう状況になっても
汚部屋で生活している人は
普通の人の体裁で
外では生活していたりするのよ。
外面(そとずら)は良いの。
社会の中では(職場とか学校) 片付けられるのよ。
何故なら、他人がいる空気に、支えられているから。
7年前に、実家に手を入れ出した頃
父母は、そのカオスになった家を
片付ける時間を作ることから
必死に、逃げていました。
忙しい、忙しいと ( いや、何もないのに)
毎日、11時になると、2人で車に乗って、
ショッピングモールに行き、
買い物をして、
ランチを食べて帰ってきて、
直ぐにお昼寝をするのが、
日課だったの。
コントのようだけど
「逃げるのに忙しそう」だったよ。
そんな実家のカオスが飽和したから、
母は呆け始めたんだな・・・と、
私は直ぐに悟ったわ。
悟ってしまう脳と、
放っておけない性格が、恨めしかった。
限界だな・・・介入しなきゃ💦💦と
腹を括って、片付けとゴミと格闘する私を
父母は、手伝えるのに、
一度も手伝う事もなく
『はいはい、もうお終いにして!』と(誰の片付けだと???💢) そうのたまって
時間になったら車で出かけていった。
それがアスペルガーの父のルーティーンで
ADHDの母の楽しみで日課だったから。
絶対に、そのルーティーンを譲らなかった。
ここが、病的なのよ。病気なの。
本人達は自覚がゼロ。
あの時も、本当に、悔しくて憎かったなぁ。
でも、昔からだったの。
こういう事が日常に
無限に潜んでいる家庭だった。
その、慣れ、が、私に新しい選択をさせる事を
邪魔しているの。
でも、本当は片付けが苦しいのじゃなく
そこに異様な状態でいる親が、
会話や心が通じない親が
最も苦しかった。
「片付け苦手だから助かるよ。ありがとう。」の一言がある存在だったら
何も問題じゃなかったよ。
都合のいい自閉って、
まだら呆けと同じ。
私はずっとそういう親と生きてきた。
自分に取り組まず
自閉が、病気レベルになるまで逃げ続けた人を
捨て切れなかった。
カオスになった家の惨状は
父母の、心そのものだった。
彼らの結果に翻弄されている自分が
惨めだった。
片付けられない病気なんて、ないよ。
病気なんじゃないよ。
傷なの。
その傷に取り組めるのは、
自分だけなの。
なんなら、私も、その傷
そのエッセンスはあるよ。
でも、向き合っている。
父母も、姉も、叔父さんも
彼らは人並み以上に、社会で地位を得て、
定年まで働いた、(働く) 人なの。
世間体を異常に気にして
そして社会では人並み以上にやれた人達なの。
会社や社会で、できていることを
家の中、内側では (☜ここが重要)
徹底して、
徹底して、
徹底して、
やらないで、逃げる・・・・
それを『病気』というなんて・・・違うよ。
その被害者は
やり切れない。
逃げ続けた罪は、ないの?
病気といえば、消えるとでも?
呆けといえば、消えるとでも?
何でも、病気で括るのは
オカシイ。
本当はただの
魂の所業なのだから。
自閉の人間は
白痴じゃない
心も同じように普通にあるのよ?
心まで異常なわけじゃないのよ。
取り組めない訳じゃない。
全てのきっかけと動力は
愛さえあれば得られたよ。
こうして
歪んだ関係のまま
それでも記憶に残る
遠く、遠く、微かな、
父母との数少ない温かな記憶だけで
彼らの負債全てを
背負っている私は
やり切れない
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何度も手を入れて
何とか住めるようにしてきたけれど、
でも、そんな事はしないで
これも父母の人生なのだと手を出さなければ良かったのかも。
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母が骨折したので
環境設定を変更さざる得なくなった。
母の変化には、
環境設定が絶対に重要。
でも、実家にはその空間、場所がないの。
それに、母は呆けているから
目に入る場所に、新しいものは配置しないと
覚えられない。
料理を私が実家に運ぼうにも、
冷蔵庫が一杯で入れる場所がない💧
はぁ・・・
呆けて、母に残った欲が
『買い物欲』と『保存食作り』『食欲』だったから
新しいことを身に付けられない呆け老人の
楽しみを取り上げたら、
可哀想だよな・・と
好きにさせて、
作る楽しみ、食べる楽しみ、買う楽しみは
奪わなかった。
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今回は、
恥知らずな選択の末
腕を折って帰ってきたので、
私が泊まり込んで介護をする事になった訳だけど
これをチャンス!と捉えて
200本を超えるだろう瓶詰めや、期限切れを
ひたすら洗って、捨ててゴミに出した日々。
食器棚の奥の奥からは、
何故か13年前の赤米が
理解ができない様相で出てきた😱
何故、ココに?アリエナイ・・・・💧💧💧
思わず写真を撮ってしまった💦
ちょこちょこ、食材では『清掃youtubeチャンネルレベル』のものがある💧
日常使いの食器棚の奥で、まさかこんなものが
醸成されていたなんて😱
カオスは山ほどあって
もう、私は手をつけないと決めている場所もある。もう生活できればいい。
でも、目に入れば心は消耗する。
父母が、私にどう生きたか?の、人生が
実家のカオスの中にも見えてしまうから
真実が、そこに見える形で存在するから。
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2週間で、何とかギリ、サポートができる目処がたった。
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今朝、8時少し過ぎに実家に行ったら
ゴミ捨てが終わっていて
横柄な言葉と態度の母・・・・
あぁ、また、だ。
あのね、そのゴミ
あなたが溜め込んだ生ゴミですよ?
あなたのゴミであって、私のじゃないの。
私は、ゴミを必死に片付けただけ。
ゴミ出しに来るのが遅い?
お門違いですよね?
8時までに出すのが、【こだわり】ですか?
ちなみに、昨日まで
あなたがベットで高いびきをかいて寝ている間に、実家のゴミ出しは、私が全部していましたが?
ずっと、ずっと、ずっと
家の中を片付け
大量のゴミ出しをしていましたが?
あんたが、何か文句が言える立場だと!?
何故、その、スイッチが入った?💢
母は、
父の初盆を放って、旅行に行って
腕を骨折して帰ってきて
その介護での泊まり込みで、
私の「お盆休み」を平然と潰しておいて
謝罪も、感謝もないあなたに
私は何も言わなかったよね?
人間だもの、
思う事はたんまりあったわ。
でも、もう、呆け老人だから、
日付感覚も、休み感覚も無かろうと
飲み込んだ。
ただ、普通に接していたよね?????
ふざけんな💢
今日は、母の態度と嫌味な言葉に
堪忍袋の尾が切れて👹
ブチ切れて、帰ってきた。
(するべきことは済ませてきました。)
恥知らず❗️と遠くから叫んでやった。
最も、母に刺さって欲しい言葉だった。
➖追記➖
翌日、何事もなかったように媚びた態度で
私を向かい入れた母。
父母は、
親だ、というだけで家庭内で威張ってよし、が常識だった世代。
同じ事を、繰り返したがった。
父母は自閉グレーゾーン
心を開いて世間を眺められず、
社会の変化についてゆけず
社会の常識、価値観が変化しても、
彼らは取り残された。
昔から、
お殿様のように振る舞う、父母だった。
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でも、ふと思った。
呆けて、全く取り繕えなくなるのも、
恐怖かも???
どんどん、自分の地が外に漏れ、
恥知らずになってゆく自分を
母はまだ、フィードバックされると
一瞬、自分を垣間見て、自覚している気がする
一瞬、ほんの一瞬。
ここが、きっと、岐路なんだ。
恥を感じて、自分を知れば、
呆けはきっと緩やかになり
でも、逃げたら、
もっと、もっと、呆けてゆくんだろうな。
人間は皆、
自分の屑さを直視しないように
絶妙に誤魔化し生きているよね。
自分で自分を騙していられるうちは
楽なんだよ。
母は、今はもしかしたら、
もう自分を騙せなくて
最も屑な自分を
人生の最後に、看取っていっているのかも。
呆けたせいで、逆に
一瞬、直視するの。
一瞬、自覚してるのかも。
母が、人生で限りなく逃げた瞬間を
母は今、何度も、
奇しくも、味わう状態になっているのかも
因果だね。
今日、ブチ切れた私の言葉が
ほんの微かにでも
母の心に刺さっていて欲しい。
私は、屑さを許さない。
これも愛だし
今のまま
母を丸ごと受け入れ耐えるだけの
理由が、私にはないの。
恩も義理も愛も
母との間の均衡は崩れている
それも真実だもの
今、私の中にある
微かな愛情で
貰ったもの以上の事をしている私に
不満というなら
お互いが生きられる「違う道」を
私が選ぶよ
私達家族だけが、犠牲になるのは
もう、やめにします