境界から見る景色

はじめましての気持ち

占いのこと

めい




何十年も、


人に占われる事を避けて

お神籤すら引かず


唯一、


自分に許したのは

数字とコインの

シンクロニシティを紐解く事だけでした。




それが


偶然出会って惹かれた女性に誘われて


女性の経営するサロンのイベントに顔を出し


その女性の友達という方に


何となく場の雰囲気で、断れない流れになって


占われてしまったの。


その時、カードで 九頭龍様を引きました。


九頭龍様のカードには【壮大なゴールに向かって】と、書かれていました。


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今日、駐車場に車を停めて


私、頑張ってるよね・・・と

自分で、自分を労い ←私にはとっても重要


でも、実は、


変化の真っ只中で、


本当は自分も不安で


複雑なものを抱えながら、

ここにいる事を


自覚していました。


胸の辺りは、もやもやして重くて。




ふと、上記の


1年半位前の占いを、思い出したのです。


あの時の


九頭龍さまのカードを引いた時は


「これは介護のことだ・・」と思ったの。


(今はもっと大きな意味かなと思っています)




占ってくれた人は


『まだ、どの道かは決まって無いのかも。いくつもの道が、あるのかもね。』って呟いた。


『でも、今、思い描いてる方向があるなら、それで良いみたいよ。』


と、言われたの。




当時、選択は決まっていたのに


結局、進める事ができないまま


父は逝ってしまった・・・




その時に、結局、超えられなかった壁は


きっと私の弱さだった。


そこに、姉の邪さや、他人の邪さがあったとしても。(実際たくさんありました。)



それらを超えられなかった、

捌き切れなかった


その事が


後から、後悔に変わりました。



その後悔は


今回、母を施設に繋げる事に


生きています。


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車の中で


しばし、ぼんやり。




あの時


私は多くの岐路を経てきたよなぁ。


うん。


自覚がある。


あそこで、まず持ち堪えた・・・

その次は、あそこだったな・・・

その次は、あれだ・・・


そんな風に 振り返る事ができる。


占いのカードで引いた


いくつも頭が分かれた九頭龍さまは

その、私の岐路のメタファーだったのかも。



でも、結局、後悔は残った。


失敗したという自覚もある。


最善は・・・選べなかったよ。




もし、あの時、


私の前に 9つの道があったとして


そこに順位があるとしたら


私は、何番目を生きたのだろう。


どれぐらい、駄目だったんだろう。





勇気を出して


コインを振ることにした。





こんな質問、


父が亡くなってから初めてだった。


怖くて、


辛くて


とても、できなかった。




でも、今日は・・・




色んな心が重なって


コインを弾く気になった。



知っておかなきゃ。


また繰り返すのは、もう嫌。




薄暗くなってきた車の中の


私だけの、時間。



答えは



「一番」


「最も最善を選んだ」



でした。





そんなわけ無いのに・・・




でも、温かなものを


どん!と受け取った気がして


泣き崩れました。





失敗した事を含めて、


それが精一杯だった事を


父が旅立った直後は、知っていました。



でも、時間が経つと


ある意味で余裕が生まれるから


もっと頑張れたのでは?と

責める癖が出て

感じてしまうものでした。


色んな気持ちを味わっては

心の整理をしてきました。




今日はそんな後悔について


何ものか、から


因果含めて、1人の責任じゃないし


お前は精一杯だっただろう?

それを最善というんだよ、と


慰められ


もう一度、救われた気がしました。



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もやもやしていた心も、


少し軽くなり


入所が不安で顔が曇る母の

心のケアと、介護、


そして、引越し作業、


母が新たな生活に馴染む事ができるように

年内は工夫して


支えようと思います。




今、母に


凸凹息子の育児のスキルが

活かされています。


因果ですね。