デイの体験ドタキャンとサイコパス
今日は 母の運動のデイの体験日だった
圧迫骨折が回復してきて、
やっと組めた予定だった。
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私が母との間に
心と物理的にも
線引きをしている今、
今後、
私以外の助けを
引き寄せなければいけなくて
母も薄々自覚があるから
ケアマネさんからの、デイのお誘いを
断る事も出来ず・・・
受け入れた。
今、私との関係がこれで ちょうどよかったんだな、よいきっかけだと思っていた。
でも、
案の定、雲行きが怪しくなった。
デイが翌週に控えた
週末の金曜日に
母「昼寝から起きたら腰が凄く痛いんだけど。」
と連絡が来た。
「やっぱり、きたか」とすぐ思った。
朝、施設の体操に行って
お風呂にも入れて貰って
お昼は下のレストランに歩いて行って食べて
元気に過ごしたのちに
上記の訴え。
忌々しく「きっと朝の体操のせいよ!」と。
施設のスタッフには、痛みは訴えず
一言も相談しないまま
また、私に直接電話があった。
↑この選択と挙動に、母の心が読めるのよ。
私に、「じゃ、来週はデイの体験無理だね」って
言わせたいの。
私をコントロールして、手配させたいのだろうなと勘は察知したけれど
でも、
本当に、また圧迫骨折だと困るから
そこから大急ぎで急遽受診してMRIを撮った。
全然、大丈夫。
医者からも『運動してゆかないとどんどんダメになる、デイにも行っていい。』とお墨付きを貰った。
私は母の言って欲しい言葉は言わず
『来週はデイの体験だったけど、見学に変更してどんな所か見ておいでよ。施設にいるのと変わらないんだから、行きなよ。』
あえてそう言い切った。
でも、薬を出したいばかりの医者によって
痛み止めは、一番強いものに変わってしまった💧
まぁ、本当に痛いなら
これで痛みを抑えられる訳だし。
参加は無理でも、見学だけしたらいいと
母には促し、そう思っていた。
受診してから翌日の2日間は(土日)は元気で
(姉が来るかも知れないから演技してると差し支えると計算したんでしょう。)
痛いと口では言いつつ
全然!動けていました。
月曜日になって
母は痛みを(様子を)悪化させた。
(見に行ったけど、全然動けていた。)
更に火曜の朝には
朝早く電話を【わざわざ】私にかけてきて
「痛くて一階に降りられないから部屋に朝食は持ってきて貰ったわ。」と宣言!
別に、今、私に電話をよこす事か?
痛みにも波があるでしょう。
それより母は、それを知らせたいの。
その意図はデイの体験をやめるための布石にしたいのよ。
その後、様子を見に行きました。
全然、折れてた時のような感じじゃない。
動けている、と判断。
これは・・・💧
ドタキャンマジであり得るな。
私に「じゃ、体験やめておこうか」と言わせたくて、仕方がなく嘘がエスカレートしていってて
どんどん、演技を重ねているの。
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実は
前のケアマネさんの時も
デイの体験当日に、同じことをした母。
勧められるとその時は、
はいはいと受け入れて
まるで物分かりの良い問題がない人間のように
振る舞うけれど・・・
最初から、
行く気はなくて
ドタキャンするの💢
母は自分が嫌な事は一つも背負わず
生きてきた人間だから。
母が行く気もないのに
演技して予定を組んでくれても良いですよ
と、言っておいて
それに伴って動いた人達の(私も含む)
スケジュール・時間を踏み躙る🟰泥棒しても
平然としているの。
そんなの当然よね?
だって私は体調が悪いんだから!と。
それどころか自分の嘘を棚に上げて
嘘にに勘づいた人間が冷たくあしらうと
逆ギレして
「体調が悪いと言っている相手に、そんな時でもこんな扱いをするのか!」と
相手を悪人と判断するぐらい、イカれているの。
嘘をついている事を見抜かれても
信じない人間の方が、汚れていておかしいと。
こうやって書くとよくわかるけれど
絶縁した姉が、母とそっくり。
ついでに言うと父も同じでした。
姉も、母と同じように振る舞って
父の死の周辺で、盛大に嘘と演技をやらかした。
そして見抜かれて(証拠も残ったのに)
逆ギレしてね。
情けないという言葉だけでは
すっきりしない程に、ストレスを感じていますが
仕方ない
結構呆けてる老人なのに
姑息さはそのままだった。
まだこんなに狡く立ち回っていられるなら
私に最後に投げてきた
あり得ない言葉も
自覚があってやってたんだな。
自覚してあれができるって親じゃないと
改めて思った。
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今日は、「デイの体験に行きたくないからそうやってるんでしょう?」とは突っ込まなかった。
呆けて言葉と思考が弱っているから
やめてあげました。
私の優しさです。
母が(誰もがだけど) 人の中に行く事を
面倒くさく思う事を通り越して
工作活動までしてドタキャンしなけれならないぐらい恐れを感じるのは
自分が他人を踏み躙っているからです。
一番身近で支えている私すら
踏み躙っている自覚が本当はあるから。
そして偽物のプライドで
他人を見下しているからなのよ。
自分が他人に心でやっている事は
他人からされると人は、必ず思うんですよ
それが真理なの
因果応報の一番わかりやすい仕組みよね。
怖れがあるのはわかるけれど
それは母の因果だし
他人を気遣わず
ただ嘘をついて人を振り回す人間に
もう、優しくはしたくないって思った。
言葉にこそしなかったけれど、私は見抜いているからね?という姿勢は、崩さなかった。
「痛み止めも強いやつに変わってMAX飲んでいるよ。それでもこんなのなら、もうこの施設にはいられないかもね。デイにもいけないなら、ケアが足りないから。ケアがついてるここより狭くて不自由な施設に変わらなきゃいけないかも。覚悟はあるの?」
そう告げてきた。
前回のケアマネの時は
まだ母もここまで呆けていなくて
はっきり、突っ込んだ。
そして「自分で始末しなさい」と突き放した。
母に、直接ケアマネに電話をかけさせ
ドタキャンさせた。
真っ直ぐ「体調なんか悪くないでしょう!?コロナ期で、その言葉でどれぐらい私に心配させて振り回して、関わった人達の労力と予定を奪うか考えてみて!?」ってその時は怒って
体調が悪い訳じゃない事を認めさせた。
『「体調が悪くて行けない。」じゃなくて
ちゃんと「行きたく無いんです。」って言いなさいよ。そこから計画が始まるんだから。嫌なら嫌だって最初に言えば迷惑が掛からないし、じゃぁ訪問ヘルパーさんの入浴にしましょうか?とかの提案になるのだから、とにかく率直にコミュニケーションしてよ。』と。
でも、ケアマネにはやっぱり言えなかったらしく
取り繕って「体調が悪いから。」と嘘をついて逃げたそう。
情けない
もう、筒抜けなのに。
嘘をつく事が
当たり前になってる人達は、
もう、今更、変われないでしょう。
ケアマネさんも
こんなことを平然とする人には
次のチャンスをくれなかった。
信頼関係も崩れて。
私も最初は、父母の闇を
隠して間に立って取り繕おうとしてきましたが
既に信頼関係がなくなっていた医者にも
冷たく当たられ
せめてケアマネさんには
ありのままの苦しみを曝け出して
寄り添って貰いたかったけれど
前のケアマネさんはダメでした。
そりゃそうだよね。
次もそうされると思えば
調整した周りの人にも迷惑がかかるし
セッティングも
したくなくなるでしょう。
偉そうで狡く立ち回る空気の人達に
優しく接する事は難しいもの
こうして
父母は助けを引き寄せるタイミングを逸していました。
なるべくして、孤独になった老人達。
依存できるのは私だけになって。
全部自分で自分の事は出来ていると
妄想できる事がもう異常なのに
そこは呆けで、思い込めるなんて
本当に、都合がいい呆け。
この、都合の良さも、生き様なのよ。
醜いね。
救いは
今回のケアマネさんは
「娘さんはそこまで気にされなくて良いですよ。仕切り直しましょう。色んな人がいてそういう方もいますから、次もちゃんと設定してゆきますから。」と言って下さった事。
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母が嘘をついている
演技をしていると
確信したのは
今日、デイの体験日に
スタッフさんに言えば何とかしてくれるはずと
勝手にデイを断って
私に連絡は してこなかったから。
今日こそ、
ドタキャンで行かないなら
私に連絡するのが筋。
やましい心があるから連絡しなかったのよ
今日の演技は
それこそ盛大で緻密だったそう。
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でね
ここからが異常者なのよ。
サイコパスって思い込めるの。
それが特徴なのよね?
本当に、そうなの!
演技でそうしているうちに
本当に
体調が悪い人の思考で
周りをジャッジし始めるの。
ようはね
嘘をついている訳だから
相手は騙されている前提なのよ。
病人のように扱われないと
そのうち本当に怒り出すのが、母なの。
もう うんざーーーーーーーーり!!^_^
美味しいご飯を食べて
美味しいコーヒーを飲んで
うさを晴らし
切り替えたい
もう、私は
何も
期待も
希望も母にない事を
もう一度認識しないと。
幻想だった恋しさとか
郷愁も消え始めている
母のありのままを
感じればいいの
嫌なら嫌えばいい
ありのままにもう感じても
もういい
そう許す
引きこもって、どんどん呆けて
あの施設に居られなくなるぐらい
呆けて欲しいと、今は願う。
切に願う
私はもう、手を引きたい
デイに行けないなら
あの施設には、母はもう合わないのだから。
もっともっと呆けてくれたら
後ろ髪引かれず、グループホームに繋げられる。
そうできたら、安心だし、楽だし、解放される。
そういう恩恵もある!!!!
なんとか
母に楽しみが増えるように
心を尽くし工夫をして
調整した日だった。
(母もお近づきになりたがっていた、優しい隣人と同じ日に同じ車に乗って同じ施設に体験に行けるようにセッティングしたんです。もう一つの体験のデイも、母が以前習っていた陶芸がある日にわざわざセッティングして、機械浴に切り替えて、参加できるように、調整して貰ったり。心を尽くしていたのよ。)
自分の欲求の為なら
全て踏み躙っても平気な人。
自分勝手に生きて
好きなように痛み止めを飲んで呆けを進めて
好きなように引き篭もって
もう、好きなように生きたらいいよ
それも母が選ぶ「幸せ」なのね