お盆の祈りの立ち位置

魂は
どこを目指して 帰ってくるんだろう。
父の魂は?
実家に、もう母はいないし、
仏壇もない。
昨日は、母の施設で
迎え火代わりのランプのスイッチを入れたら、
私が施設にいる間にすら
何度も灯りを消していた母。
迎え火の代わりなんだよ・・・と
話しても
嫌な事にはすぐ動く。
前頭葉が萎縮しているから。
昨日、父の魂には
思い出すたび語りかけていた。
「実家に帰っても母は居ないよ。」
実家にも行って父の写真に
「ここじゃないよ。ジジの位牌がある所へ行くんだよ。〇〇っていう母の施設に行くんだよ。」
「そしたら、明日は母と姉と会えるからね。」と。
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父のお墓があるお寺の
合同盂蘭盆に、初めて今年参加しました。
その時に聴いた
お坊さまのお話しが
思いの外、心に響きました。
初めて参加した合同盂蘭盆が
システマチックなのも
気楽だったし
お坊さんのお話も、
短く、でも、心に残ったし
父母が、
あのお寺に決めた気持ちが
今回で少しわかった気がしました。
葬儀の時はそれどころの心境ではなかったから。
お坊さまが話された
ご先祖さま供養の意味は
私が子を持った頃に
どうしても血を考えざる得なくなって
模索し辿り着いたものと
同じでした
ただ、近年、
近い先祖の
繰り返してきた連鎖に苦しみ
嘘くささを捨てて
辛辣に向き合ってきた私でした。
随分落ち着きましたが
お坊さまの言葉は
もう一度、
その視野に
立ち帰らせてくれました。
こういう事が、お坊さまのお仕事よね、と
感心しました。
偉そうに上から目線で説法を説いたり
心なく、お経を上げていては無理だもの。
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私と血の繋がるご先祖さまは
30代遡ると、もう10億人以上になるそうです。
なんか、もう😵
家に帰ってきてからも、
もう一度、調べてしまいました。
鎌倉時代まで遡る感じ?
でも、それだけで?
で、その何十億人の中には、
大きな災害や
疫病や
戦さがあって・・・
人が一気に、亡くなる出来事があったのよ・・・
そういった時期に
亡くなったご先祖さまの中には
ご供養される事なく、あの世にいる
和めていない魂が、
たくさんおられるのだそう。(成仏できていないという意味の真言宗?の言い方です。)
そういう魂を想って
和めるよう祈り供養するのが
祖先を想って祈る
盂蘭盆の意味なのだとか。
短いお話しでしたが、
イメージし、
心を動かしながら
素直に聴けました。
遠く遠く血の繋がりがある祖先がいる・・・
その中には、
想像を絶する
様々な体験があったでしょう。
良き事も
悪き事も。
残忍な事も。
今の時代の、ありがたさを想いました。
その祖先の体験は
DNA🧬に引き継がれて
今、ここ、
私の中にあるという
事実。
辿れる人間を知るだけでも
様々な人生があるな、と思わせられるのに。
億人レベル・・・
果てしなく遠く、
顔も人生も分からない祖先の中にも
同じ血が流れ
同じDNA🧬を持っている人がいる。
苦しい時代を生き、
逝っただろう祖先が
たくさんいる事も
それも事実なのよね。
血は🩸・・・
DNA🧬は・・・
アンテナになり
共鳴し続けている気がします。
その方達へ
想いを馳せて寄り添い祈る日が
お盆なのですね。