境界から見る景色

はじめましての気持ち

今日の私は、私が好きな私。

めい

久しぶりだな。


今日の私は

私が好きだった。



こういう日だからかな

私がラッキーNo.と決めている7のゾロ目を

めちゃくちゃ目撃した。




介護をしているけれど

凸凹息子を育てている時の気持ちと


今日はとても似ていた。



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気にするべき事と

気にするのをやめる事


大切にしたい事と

価値のないどうでもよい事


これから私がやる事


線引きができて


それに心が(感情が)

追いついている時の、私だ。


不思議だね


こういう時の私の声は

母に届く気がした。


私の気分が変わったから

そう映っているだけかも知れないけれど。


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喜び、喜び、と

渇望した時も

必要な時だった


でも、一周回って


今、ここを

大切に生きればいい

今ここを生きる事が私の生きる道、


それができたら、満たされる。


その自分が戻ってきた。


人生の最後の棚卸しは

簡単に終わるわけがない


あまりに報われなくて


苦しみから逃げたかった。

早く、1秒でも早く

心の整理を終わらせたかった。


でも、


それすら無理なのだと

報われない事もありのままなのだと


そのうえで

私が私を裏切らない生き方を

模索するのだと


悟ってしまった。


悲しくて

やり切れなくて

無気力にもなったけれど


丸っと受け入れ始めたら


やっと少し

自分らしく戻れた気がした。



この間に


心くすぐられるような

キラキラ承認を求める

人達に出会った。


語る事は美しいけれど

どこか、薄っぺらさと、

嘘を(矛盾ともいう)感じていた。


それでも


騙されて

目を瞑って

集ってしまいたかった。


あはは


でも


この感覚

覚えてた


3回目かな


1回目は、最初の人生の棚卸し期

2回目は、凸凹息子の子育て期

そして3回目 最後の人生の棚卸し←今ここ


どの時も


心は揺れた


正直に、羨ましいなぁと眺めた。

素直にそう思い、流されてみて

動いてみたりもしたけれど


違うんだなぁと


感じるばかりだった


私が目指すものと

そこにあるものが違う事に


正直になるしかなかった




結局、私は「ハマり切れず」


そうではない自分の価値と能力を

自分で認める孤独な旅なのだと


知る事になった。


螺旋を描く階段が

自分のイメージに降りてくる

同じような道のりで

同じ景色を見ているけれど


視野が違うの。



分かち合えなくても、

きっとそう。


ただ、歩く道が、違うの。




そして今回はもう一歩

吹っ切れた。


ハマる脳は天才肌の脳で

ハマれる人はハマる生き方しかできないし

自然なのだろうけれど


そこに歪んだ➕承認欲求が加わると


駄目なんだ💧

歪みを正す機能がなくなる


光の振りをした闇が出来上がる。



ハマる脳を持つ人達が


満たされなさを抱えたままだと


自己顕示欲と

承認欲求に


必ず結びついていてゆく。

自浄作用が機能しない

閉じた世界の出来上がり


ポジティブなように振る舞うけれど

実はとてもダークな存在




心が弱っている時ほど

なびきそうになるけれど


似て非なるものへの違和感は

冷静になれば明白だった。


なんだか


不思議な時間だったなぁ


確かに


もう一つ不思議な事に


そういう人達と

全員、縁が切れるように

事が、勝手に動いていった。


まるで


パズルのピースを誰かが移動させているように。


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今日は母と



穏やかな気持ちで


桜を観ました