凸凹息子との会話 呪い編

7月8日から私が発熱し、
エアコン事情があって完全な隔離は叶わなくて、
それでも、大学の試験期間に入る間際の息子に
うつしたくなくて
出来る限りのことをしました
まだ咳は残っているけれど
もうこれは、季節的な意味合いで
炎症のこじれたやつだしね。
ラスト1日の試験前に(最後はクリアできる自信がある試験だから無勉強でいいと)
昨日、やっと久し振りに
面と向かって喋る時間を持てました。
出来るだけ短く、必要最小限な会話に徹していたので
本当に久し振りで、嬉しかった。
実は、
寝込んでいる時から、
襖越しに、息子にお願いしていました。
『治ったら、話を聴いて欲しい・・』
それが実現された形でした。
息子君、根気よく、
トイレまで我慢しながら(笑)
話を聴いてくれました。
熱を出しながら、見えてしまった世界や
この一年であった事、背負ってきた事
熱を出してから知った事、背負った事、
話せていなかった事を
聴いてもらいました
その中には、本来、親なら子には隠すべき事かも、という内容もありました。
コロナの熱の中で考えました
でも、もう限界でした。
私の事を、
ありのままに知っていてくれる人が
1人でも欲しかった。
私に、1ミリも漬け込まず、
利用しようともしないで
ただ、
受け止めて
寄り添ってくれる
純粋なエネルギーに
今、触れられなければ
もう生きられないと思ったから。
(風邪のせいなのかな)
昨日は、息子に
一体、何時間、
話しを聴いて貰っていただろう・・・
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人間って皆んな「屑」だよねって
話しをした。
息子は、私と似たアンテナを持つ子だけど
どうやって
この世で、飄々と生きていられるのだろう?
やり切れなく ならないのかな?
訊いてみた。
息子
『自分は基本、人は皆んな屑だって思ってるんだよ。〇〇や〇〇〇も仲いいけど、良いとこも勿論あるけど、屑だなと思うとこはやっぱりあるし。』
『で、屑なのは大前提で、その上で個性や特性を生かそうともがくのは、美しいって考え方。』
私
『・・私は屑に囲まれて育ったから、屑じゃない人に一人でも出逢いたいって願ってしまっていたよ。息子君は、そう願う事はないの?』
と訊いてみたけど
息子
『・・・人間は皆んな屑なんよ。』
あはは🤣
私よりずっと強いや。
私も、今はそう思うよ。
でも、聴きたかった。
私
『私は、息子君にとって屑? 完璧な親ではないって、自覚はあるよ。』
息子
『勿論、屑じゃないよ。』
だよね、(・・という、自負はあります。)
ありがとう。
親子にしか生まれない、
親子でしか満たせないものって
多分、あるんだ。
血ではないです。
親子という関係で
ある時期、その時期でしか、
受け渡しが出来ないもの、という意味で。
それは伝えられたのだな
だから息子は強いのだ、というのを
感じられた。
私には育まれなかった強さを
息子の中に見て
頼もしく思い、
こうして、
巡り巡って
私を受け止め、聴くまでに成長し
支えてくれている息子に
感謝した。
屑じゃない人に逢いたい、という望みは
息子との関係性では叶っているんだ。
きっと、息子も、屑なところはあるだろう
私も、そう。
でも、
お互いに、相手に対して
この人にとって屑にならないように生きよう!
そうする心が
尊いのだ。
それを相手に信じられるなら
屑じゃない人に会いたいと願った祈りは
叶ったんだ。
じんわり
孤独が減った。
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怒りや
悲しみは
感じ切って手放す、
そういう心理学的なアプローチ・ワークなどがあるけれど
何故、もっと深い「呪い」については
タブーのように扱われるんだろう?
という会話にもなった。
息子 『西洋の宗教の影響だと思うよ。欧米化された事の流れだと思う。』と
私『!』
確かに。
日本は陰陽師なども活躍していて
決してその心の存在はタブーではなく
自然だった。
息子
『前に進む為の呪いなら、全然いいと思う。
例えば母ちゃんが、呪う気持ちも感じ切る、っていうのは、進む為の方法だと思うよ。』
『駄目なのは、それにずっと囚われてしまう事なんだろうなって思う。』
私は考えた
ずっと同じ心のパターンを、
自ら変えるきっかけを掴まず、
拒否するだけで
ずっと、
ただ ただ 繰り返し
変わらない事だけを望んで
生きて死んでゆく
救い難い血も
全てのこの世の人間の屑さも
何世代も
心に居座ったまま放置されている
傷なのだ。
DNAに刻まれ伝えられる心の衝動は
そう生まれたくて生まれた訳では無い
悲しい宿命だ。
その傷の疼きは (屑っぷりは)
合理的な思考や声も
本人が自覚するまで、届かない
一筋縄ではゆかない
翻弄される衝動だと
私も体験してきたから
身を持って知っているけれど。
だからこそ
愛が、キーだったんだよ。
相手に対して
屑にならないよう
傷に抗う心が。
少なくとも
何か自分がおかしいのだと
傷を自覚し、直視する勇気が。
どれほど
その心の働きが
この世で神聖で尊いものか、痛感した。
傷の生い立ちを想像できて
いつも結局譲ってしまう私は
息子に
『屑を許したり、受け入れるべき?』
と訊いてみた。
私が自分を裏切らない為に
今、この現実でも
最大限、受け入れている事も
今回の話でも、知ったからかも知れないが・・
息子は
『その必要は無いよ。』と
あっさり言ってくれた。
それだけでも、救われた気持ち。
それぞれが負っている
それぞれの宿命は (傷)
この世で出逢った時に
もし
お互いの間で
何かが生まれ、
何かが変わるなら
それは、幸いだけど・・・
そうではなくても
個々の宿命なのだから
他者の宿命に対して
責を負い過ぎず
ねばならぬ、から自由になって
ありのままに、いる事が自然。
その上で
お互いが紡ぐ事ができる縁と
希薄になり切れる縁がある事は
自然なのだ
何ものか、よ。
己の心の責から逃れる為の
身勝手な
妬み・僻み、八つ当たりの念から
私達をお守り下さい・・・
多分、親族、ご先祖様に関わる霊には
救われないの
気にしない、という事も
過敏なアンテナには辛い
ガードを上げ続けるのも
もう苦しいの
どうか助けて