境界から見る景色

はじめましての気持ち

愛と 限界老人

めい




愛、という言葉を


blogにも結構使うようになった自覚はあります。




私にとっては大切なものだし


あるものを、切実に成立させたいのなら


なければならない、もの、


である事は知っています。


が、


それが🟰大正義、


だとは思っていません。



一つの記号?、状態、というだけで


選ぶも、選ばないも、自由なものです。



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この私のニュアンスは、多分、

大多数の人には、理解されません。



受け取り側の条件では

伝わらないはずです。


呪いや、死を願う事の罪悪感から

自由になった話を書きましたが


あれも、きっとそうでしょう。



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最近気づいた「愛」がありました。


私の中に、


ずっと、幼少期からあったものです。


人間愛、とか


人類愛、のような


誰に対しても持ってしまう「性」のような

ものです。


共感性体質、エンパスでもあるので


泣いている人が自分の近くにいたら


私は、その理由は分からなくても、

一緒にポロポロ泣けてしまう人間です。


凸凹息子も、赤ん坊の時からそうでした。


生きるのに 工夫がいる人間です。



思えば、そのサガを(愛を)


私は、血族には利用されていたんだなぁ。





私は、


父母姉を


父親として・・・

母親として・・・

姉として・・・


個としては、悲しいかな愛せなかったのかも。


でも、それも仕方なかったと思えます。


個としては、うまく愛せなかったけれど、


人間としては尊重し、

最大限、愛したと思います。


愛はあったな・・と、思えるのは


そこでした。





その視野を、私に与えてくれた


一人の老人との出会いが


最近、あったのです。



いわゆる【限界老人】でした。




貧困も、あったでしょう。


体力も、認知も


日常生活を、ご老人お一人で送るには


限界に達していたと思います。




細くて、うずくまっていたら


子供かと間違えるほど


小さく見えた。男性老人でした。



うちのマンションの前で


自転車で転んで、

何時間もうずくまっていたそうです。


最初はマンションの向いの家の男性二人が、

助けようと してくれたそうです。


でも、「大丈夫だから」と頑なに拒んだので


家の中から老人の様子を見守っていたそうです。


その間に、私が通りがかって見つけ、

老人に話しかけたのです。


寒空で地べたにうずくまっていたので、

冷えて手は震えていました。


私「お父さん、転んだの!?どこか痛む?」


老人は 大丈夫だと言いますが、


私「近くだったら、送って行きますよ!」と


声をかけるけど、固辞されました。


銀行に行ってきた帰りに転んだ、と

何度も言いました。


でも、それも本当かどうかわかりません。


自転車の籠には、何も入っていないのがわかるぐらいペラペラな鞄と、マスクだけ・・・


すえた匂いがしたので、きっと長い事、お風呂も入っていないでしょう。


食事も、もしかしたら・・・採れてない?


「お父さん、どうしよう、ここに居たら寒いよ。立てるかな。身体はどこを打った?」


などと訊ねていたら


薄暗い中で、


街灯の灯りに照らされて

何かキラッとしたものが


落ちるのです・・・


よく見たら、


ご老人の目からでした。


涙が累々と溜まった目から


ポトリ、ポトリと零れ落ちていました・・・。


でも、


多分、自身も


泣いている事に

気づいていなかったと思います。


大粒の涙が零れ落ちるままに


私に、


話したくて堪らなそうに

同じ話を、繰り返し、してくれました。


歯もなく、滑舌も悪く

会話もとても聞き取り辛いのですが・・・


それもターミナルの父を思い出させました。


ご老人は、何故か私に「介護保険も払っとるからな。」というのです。


じゃ、ケアマネさんが付いていらっしゃる方かと思ったけど、ケアマネさんの存在自体ご存じではありませんでした。


切ない・・・


家がわかれば包括支援センターに連絡を入れられるのに・・・


勿論、携帯も持っていませんでした。


( どうしよう!?・・・)


そう思った時に、


同じマンションの方が

少しの間、助けに入ってくれました。


お父さんは、


その後の、私達の提案や、


全ての助けを拒否されて、(変貌して声を荒げて拒否するようになって。)


その方と話し合って


警察に相談に乗って貰う事にしました。


自転車で転倒という事で、事故扱いで警官を向かわせます、と110番では受け付けて下さいました。


ありがたかったです。


ご老人の「ほっといてくれ!」という言葉を受け入れたふりをして、


私「わかった。じゃ、休んだら気をつけて帰ってね!」と、その場を離れて


物陰から、警察が到着するのを見守っていました。


多分、


幸運でした。




案外評判が悪い地元警察ではなく、


何故か、最初に到着したのが、


名古屋に帰る途中の!県警本部の警察車両2台と、警部達4人だったのです。


警部「無線を聞いて、近くだったので寄りました」


と言ってくださいました。


地元警察は、数分遅れの差で到着しましたが、


きっとバツが悪かったでしょうし、

県警から仕事を引き継ぐ形になり(ルールらしい)


いい加減な処理をすることが、きっと、憚られたのだと思います。


根気に、ご老人を説得しておられました。


その間に、もう一度、私も顔を出して


ご老人に、警察よんだのはお前か!?と、

怒られるかなぁ💦と思いながらも


温かい飲み物2本とお菓子をお父さんに差し入れました。「ずっと寒いところにいたんだから、飲んで温まって!」と渡すと


警官も「お父さん、貰っとく?」と促してくれて。


やっぱりご老人は、食べても飲んでもいない気がしました。


私が「フタ、開けようか?どっちのむ?」と聞いたら、


「後で。」と言いつつ、「両方・・・」とはっきり即答しました。


私「うん、両方入れとくよ。温かいうちに飲んでね。」


と立ち去りました。


それから割と、すぐでした。


ワゴンタイプの警察車両も、お父さんも、自転車も、マンションの前から消えていました。


無事、保護されたようでした。


全てが、警察の保護で、解決する訳ではない事は、知っているけれど・・・


今日の日が、


ご老人にとって


温もりがある日


お腹が満たされた日である事と


人の善意が、


バトンタッチのように繋がっていく事を、


祈りました。




その日は家で、


私はずっと泣いていました。


ご老人のようにポロポロ


涙がこぼれました。



やり切れない


苦しみでした。




ご飯を作っても


食べていても


息子や旦那と話していても


眠ろうとしても


胸が痛くて、涙が出るのでした。



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ご老人と出逢って


父を思い出したから、でもありました。




限界にきても、助けを受け入れない人。


老いで、それはより強固になって。



県警の警官も言っていました。


「子どもなら、抵抗しても連れて行けるけど

大人は動ける場合、あまりにも抵抗して援助を固辞される時は、その場を立ち去るしかない場合もあるので・・・。いっその事こと、もう歩けないとか、動けない場合は保護できるんですけどね。」


と。


私は「お父さん、3歩しか歩けませんよ!?」とはっきりお伝えしました。


(動けない人を警察官以外の私が目撃している、という意思表示が重要かと思って。)




日本の仕組みが 悲しかった。


老人は、子どもに返ってゆくのです。


身体は、いつか動かなくなる。


脳の機能も、助けがなければ生活が送れなくなる。子どもと同じか、それ以下です。


そんなの 当たり前なのに。


生物として当然の流れなの。


恥でもないし


頑張ってどうにか出来る事でもないの。




その限界を、


あのご老人は迎えている。



そういった助けが必要な


独居老人は 


きっと、ごまんと いる。


何故、そこを


本人の選択なのだと


見て見ぬ振りをする、仕組みなのだろう。




警官だって


認知がおかしいと気づいたら


ちょっと強引にでも、保護できるように


変わらないと、おかしいの。


だって、子どもは、するのでしょう?


それは子どもが、大人と同じような判断能力・認知力が、まだ育っていないから、だよね。


ならば、限界老人だって、そうなのよ。


もう、判断能力も、認知もないの。



老人は、抵抗し、拒否するように

なってゆく、生き物なのよ。



100歩譲って


確かに、この部分については


個人の人生の努力で

成熟する事が可能だった部分かも。


その培ったものが、


老いて認知が進んでも、残るなら


周囲からの助けを得られる老人になれたのかも。


でも、そうなれなかった理由は

社会にも、多分にあったのよ。


自己責任で


意地悪な、異端は排除する

どこに行っても蔓延る村社会


心開くより


閉ざして頑張るしかなかった人も

一杯いたはずだよ


だから


受け入れない姿も

仕方のない、老いであって


自己責任だと見放すものじゃないよ。


そのままに放置する事が、

その人の尊厳を守る事だと


誤魔化して

うそぶいて


(勿論、本人はそれがいいと言うでしょうが)


逃げている仕組みなだけ。


何故、そんな嘘くさいものを、

今でも守っているの?




東欧は、


ただ、老人という生き物を

知り、受け入れて


全ての老人が、福祉医療が無料の世界を


創り上げた。


真っ当な世界だよ。


本当に


それが達成されるなら

税金が上がっても、私は、文句を言わない。


日本の場合は、


必要な所に使われない税金だったでしょう?

何のために使ってたか?

どこに消えた?


今後、


その搾取は、いつまで続くの?


搾取が減っても


蔓延った甘い汁を吸う、内部に育った仕組みは、

浄化されてゆくのか?

そのまま変わらないのか?



誰もが、


安心して子育てできる世界、

安心して老いる事ができる世界


これが叶う事が


最も、進んだ世界だと思う。


日本は?




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この日、


感じてみた。


父を思い出したのなら、

今、感じ切る時だと、


感情を味わい切った。




あのご老人の、


言葉とは裏腹に溢れた

大粒の涙が


父の涙のような気がした。




どうしていいか分からない

切ないし

苦しい


けれど


自分を変える事も

助けを受け入れる事も出来ない

拒否するしかない

それしか知らない


老人だった。


心の奥の


本心の涙だったのかも。




本当に、ご老人は


自分涙を溢している事すら

気づいていないようでした。


嗚咽はなく


人と会話している、

話せている事が嬉しくて・・・


そんな感じで


普通の顔で


ポロ・・・ポロ・・・と涙がこぼれていました。


私も


切なく、

苦しくなりました


物陰から見守りながら涙が出ました。


(ちなみに、警察とお話しされている時は

涙は引いていました。)





この日、本当に


色々な事を考えました。




これは


父を重ねただけの苦しさなのか?


何か違う


自問自答して、


掘り下げて感じてゆきました。



そこで、


自覚したんです。


私の中にある「性 ーさがー」に。


多分、これが、ナンバー33のいう

性なんだ。




うん


あったよ。


ずっとそうだった。



父を重ねただけじゃ、なかった。



ご老人の事は何も知らないし

個人的に愛情はありません。



でも、感情移入するのです。


それが 私でした。


仕方がない、脳だし、性でした。




でも、


今、ご老人との出逢いに感謝しています。


いつも、相反する思いを持つ私は


いいえ、


望んだ訳ではなく


相反する思いを持たされてきた私は





ある種の人の主張では、自分に嘘をついている状態と判断されるけど


でも、


私は、1ミリもそうは、感じていなかったの。


整合性は感じていて

引け目はなかったのですが、


ただ、まだ、説明できる言葉を

持ち合わせていなくて


もやもや、していたのでした。


これでやっと、吹っ切れました。


もう言葉にもできます。


これは私には、ありがたい事でした。


より、


ありのままで、居られるようになりました。


例えば、


個には、怒りも恨みもあったとしても、


私は、


人としては、自分の感情とは別に、

尊重し愛す人間なの。


私は、そんな自分を


どこか否定していたけれど、


いいえ。


それが出来るのです。


そうするしかない、ではなく


それが出来る「脳で、性」なのだと



自分を受け入れ、尊重しようと思います。



私が


救われるキーワードは


個人愛ではなく人間愛だった


・・・という視野でした。



限界老人と出逢って


深く、教えられた事でした。


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何故、今なのか


何故、この出来事なのか


あの日、涙が止まらない中で引いた


自分のデッキのカードは



何故か、剣・・・


ずっとこの夏から繰り返し引いていた


剣、でした。


正位置の剣。


その日は、『 何を断ち切れと? 』と、


状況に、そぐわないように感じたカードだったけれど


こういう状況と心で引く時は


必ず、必ず、意味があるのです・・・


慎重に、心に留めて


感じてゆきました。


そこで開けた視野でした。



自分を、軽く扱う


視野と

心と

行動を


見えない剣で


今、バサバサ切っている最中なのは


確かです。



今後も、剣を心に置いてゆきます


そして、


目の前のこと


出逢いに


今ここ、に感じるままに


正直に


心尽くしていきます