妬みゾーン

私は
愛情をたっぷり受けて(一部でも・断片的にも)
幸せに生きている人を
ずっと
目と心を開いて、追っています。
身近な人もいるし
遠くの人もいます。
そして、気づきのチャンスを貰ってきました。
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幸せに生きる人に
やっかみや
妬み
僻み
嫉妬の気持ちが
湧いたことがありません。
自分にはないものに
悲しく、寂しく、切なくなる日が
あったとしても
妬みとか、
そういう形には、ならないの。
でも、
これは
私の努力や手柄ではなく
人間の 心の仕組みなのだと思います。
人は大きな差があり過ぎると
きっと、やっかむ対象には、ならないのね。
ある意味で
幸いだったのでしょう。
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私の努力と、手柄があるとしたら
心を開いて
正の連鎖の中で、幸を手渡された人を
見ようとした勇気です。
大抵は
自分にはない幸を感じると、少し疼くから・・・
無意識に、心は視野から外すのよ。
もし、そういう幸ある人と
付き合いがあっても、
自分の心を閉じていたら
無意識に
ただ、流すだけ
ただ、守るだけで
幸せな人から得られる『気づき』は、
得られないの。
私は、
ただ、心を開いて
今、ここ、を感じ続けたの。
目と心を
開いていて。
幸ある人が
眩しくて
羨ましくて
痛くて
切なくなる日があっても
あの手この手で、
押しやらなければ
そのうち
私も、それを生きたいって、思うのよ。
どうやってそれを実現できるのか
全くわからなくて、怖くても
素直に
心開いて
今ここにいて
インプットし続けるなら
そう願うように、なるのよ。
そう願うように、出来ているのよ。
これが
違いすぎる「幸」を生きる人達との
価値ある、向き合い方だと思う。
何故なら、人は
自分と似たゾーンに生きている人間が
自分より幸せになる時に
妬みや
嫉み
嫉妬で
足を引っ張る生き物なの。
8割の人は、必ず、そうするの。
無意識に。
でもね
足を引っ張りたいと感じる相手に
気づいた時点で
目についた時点で
本当は、
もうその相手とは
差が生まれているの。
既に、違ってしまっているのよ。
その時は
まだ小さな差に感じて
何とか、引きずり降ろしたいけれど
無意識は知っているのよ・・・
その小さな「差」が
ここから大きくなる事を。
その変化が自分には起こせていない事を。
方向性の変化は、角度なの。
どんどん、離れるの。
それが、悔しいのよ。
そうして
悪あがきで、足を引っ張るの。
人間って・・・無様ね。
もし、近くの似た人に対して
妬みや競争心を捨て、
凄いなと思う事に対して、
素直に、凄いねって認めることができる人間になれたら、
最も、素晴らしい一歩で
人生の幸いなのよ。
もう既に、その人は幸を生きているの。
階段を登るように一歩一歩成長する事が
約束されていて
身近な人が刺激になって(刺激に溢れていて)
一緒にオートマティックのように成長できるの。
でも、8割の人は
そうはいかない。
無意識の法則に、生きているの。
人生を好転させたかったら
勇気を出して
幸せに生きる人を
ただ幸せでいる人を
素直に、見つめ
動く心に、素直でいる事だと思う。
周りに似た人間ばかりで
幸せに見える人がいなければ
遠くの人でも、いいの。
芸能人でも
有名人でもいい
見続けられる
追い続けられる
惹かれる幸を持った人を、
その表現のカケラを、
追い続けたらいい。
似た者の変化を
妬まないで認める事は
愛を知らない人には、
とても難しく
苦しい事だろうから
大抵は無理なのよ
だから遠くの人を見つめるのは
やり易い、一歩なの。
ひっそり
こっそり
でも、真剣に
純粋に
心を開いて向き合って
感じ続けたら良いのよ。
楽しんで
悲しんで
共鳴したらいいの
追い続ける間に
時に
切なくなったり
嫌う感覚になったり
否定したい気持ちになったり
落ち込んだり
離れたくなったり
負の心も、湧く時もあるの。
それも必要なのよ。
それでも、
幸を得た人が
幸を知っている人が
その幸をエネルギーにして
自分の為に生きている姿を
心開いて見続ける事は、
いつか、道標をくれるの。
見知った似た者同士と違って
その相手と、直接関わる訳じゃない。
遠くの人のストーカーにでもならない限り
何が自分の心に湧いても
この場所から、相手を傷つける事もない。
それを知っている事は救いよ。
だから、自分に向き合う事に
とことん、正直になる勇気も、
出しやすいのよ。
自分で、自分を知ることが
最も怖い人は、この世に、ごまんといるの。
だって、人間、無意識で生きていたら
闇だらけで、本当に・・・無様だもの。
そんな自分を知る事から逃げて
引き込もっているの。
でも、それも
いつか詰むのよ。
何代か後かも知れないけれど
いつか自分の責任を放棄したツケを
未来の子孫が負うのよ。
自分を知ってゆく最後の決断、
勇気は
結局は、自分がするのだけど
工夫も出来る。
真っ直ぐに
余計なものを降ろして
生きるための工夫は
勇気の一部なのよ。