いつもの道
亡き父と、よく行った
ピザ🍕とパスタ🍝のお店に行きました。
私から誘うことはないお店で
母が「行きたい、」と言った時に行くお店。
生前の父と母にとって、
ちょっとした、楽しみの場所だったようです。
けど
父亡き後に
母に言われて、何度も連れて行ったけれど
行く度に
母は顔が曇り、
重い雰囲気になるのに
気づいていました。
明るく賑やかな雰囲気の店内で
より、それが際立ち
2人で 黙々と食べるのでした。
きっと、父との想い出の場所、
楽しみの場所だったから
思い出すんだろう。
父との最後を、
酷い終わらせ方をして
母は、一体どんなふうに、
思い出すのだろう。
どんな心で思い出を辿るのだろう。
そこには
真っ直ぐでピュアな想いは
存在しているのかな?
母が見ている
一つ一つの、切り取った心の風景には
まだ、何とか寄り添えるけれど
繋がりや
流れ
彼女のとった行動や、
選択も込み、
となると・・・
違い過ぎて、
私には、想像がつかない。
しかも、私は
第三者ではなく、
母のその景色の中に、いる。
母に私は、全くみえていないけれど。
どんな心なのか。
寄り添うことは、難しいし
もう、理解したいとは思わない。
違ったままでいい。
今ここで、感じる分でいい。
私は長い間、彼らの負も込みで
理解しようと取り組んだよ。
取り組む程に・・・私はその想いに導かれて、
不幸になった。
当たり前の仕組みだった。
それを、自覚したから。
理解したいと願う相手は、
私が選ぶのです。
それが人生や人のカタチを決めてゆくのです。
重い選択なの。
私は、私のままで
母は、母のままで、
支える事も可能でした。
だから助けを引きよせ、姉と絶縁したのです。
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食事を終えて
母が
『父とここでランチを食べたら、ちょっと先のお寺に寄って、お参りして帰るのが、決まりだったわ。』と。
これも、毎回決まって言うの。
『じゃ、今日も行く?』と私。
そのお寺へ、連れて行った。
季節外れに
この株だけ、満身創痍で咲いていた。
ピンクアナベル

奇跡の一株でした。
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駐車場に入る道で、振り返ったら、
お参りを終えたはずの本堂を
遠く眺めている、母。
じっと。
そして、
カバンをゴソゴソ。
あ、撮るんだ・・・
本堂にスマホを向けて構えた。
写真を撮っている母を、
私も撮った。
私の、心が 動いたから。
母は、何を思って撮っていたんだろうって。

父との思い出を?・・・
ご本尊のご加護を?・・・
本堂のご本尊は
善光寺如来と書かれていた。
今日初めて、意識した。
ここにも、おられたのですね。
だから、
父と母の定番コースだったのかな?
そう言えば、思い当たる事があったよ。
しかも、
門を潜って、一番最初に目に入る、
小さなお堂には、
愛染明王さまがいらっしゃるの。
実は、愛染明王さまは
父の菩提寺になったお寺のご本尊でした。
愛染明王がご本尊は珍しいと
仏壇屋さんに言われました。(そうなのかな?)
何か 不思議なご縁を感じました。
愛染明王さまは
旅立った父を、
導いて下さったでしょう。
父をよろしくお願いしますと、手を合わせた。
ちなみに、そのお寺の「名」は
父の戒名に入っている音と、同じ寺名でした。
きっと、ご縁ですよね。
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ちょうど、食事を終えた時に
『私、以前、父の希望で隣の市にある「善光寺」に連れて行った事があったよ。父は「長野で有名なお寺だろう。ぴんぴんころりで。」って言ってたよ。』
と、母に話したところでした。
父は 見つけていたのですね。
祈りたかった 善光寺如来さまを。
最近は泣かない日が増えたけれど
今日はまた、こっそり泣きました。
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母が介護付き住宅に入る事になりました。
その事の流れは
まだ、詳しくはここに 書かないけれど
姉は相変わらずでした。
いつか全部、記録に残したいから
ひと段落したらblogに残す予定です。
でも今は、
目の前のことをコツコツ着実に。
こなす事が精一杯です。
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流れが始まって
ある時期から、
姉が不貞腐れているのは気づいていました。
幼稚。
不貞腐れていると言うと
可愛いすぎるんだよね
私の語彙では思いつかないけど・・・
そんな可愛いものではなく
もっと薄汚れた佇まいです
でも、姉は
狡賢いので
母に、嘘をついておくのです。
表面上は「インフルエンザになって治りきっていないから、今は行かないでおくわ。」と
言い訳して。
実家に来なくなり・・・
毎日、かけていた母への連絡も
途絶え、途絶え、になっていました。
母が徐々に暗くなるので
こっそりスマホの履歴を確認したら
案の定でした。
毎日の母への夜の電話は、姉の役目でした。
これは介護の一環で、
朝の安否確認は私、
夜の安否確認は姉と
以前、
役割分担していたものです。
けれど、姉は元々
面白くない事が起こると
平然と安否確認も放棄する人でした。
そんな状態で
まずは2週間
あからさまになってから3週間
計1ヶ月と少しが過ぎました。
母は、こういう事を姉にされると
わかりやすく顔が曇り元気がなくなるの。
姉は 以前からこうやって
無視するタイミングを駆使して
不愉快さを暗に伝え人の心をコントロールする人でした。
( 実は、母がするやり方でもありました。姉はもっと巧妙で狡かった。わざとじゃ無いふりを完璧にして、嘘をつく。)
こういう方法を
恥ずかしげもなく続けている姉は
己を正当化し
そんな自分に揺れる善意のカケラもなく
ただ欲望の疼きに身を任せているのでしょう。
雰囲気は、母と姉は似ていないけれど
本当に、よく似てきました。
そっくりな人生になっているしね
私には、もう、どうでもいいですが。
姉に、口を出す権利は無い、と
やっと、その姿勢で
母の入所を決めました。
それをやり切ります。
母も本当は、姉のおかしさを、
感じていました。
私と一緒に過ごしていると
母の姉に対するまともな視野を感じる時が
たまにありました
呆けていて、元々都合が良い母は、
やっぱり認めたくない心の方が
むくむくしてきて
結局は自分に負けてしまうのだけど。
ずっと、信じてきた子が姉ですから。
ずっと、心地よく騙してくれた姉ですから。
もう、きっと、
呆けて萎縮した脳には
真実を上書きできないでしょう。
私へも、変わらないでしょう。
悲しいけれど、
それでいいのです
だから、私は助けを引き寄せました。
母も
騙されながら
幻想を信じて
その中に微かにあっただろう
お互いの愛情で
全ては決めてきたんだと
心を偽って
旅立つ方が、幸せだと思います。
見透かす私が
苦しいのでしょう。
姉が 保身と欲で残す、嘘に
いつも母は、すがっていたのだから。
姉は、母に
長い間、「同居」を裏で囁き
母を、コントロールしてきました。
今回、施設に行くことになったけど
母にはメリットしかない、自由な施設を選びました。
姉が、不愉快になるのなら
理由は一つです。
真に、母の幸せを考えているなら
(普通は考慮に入れるはずの、私の介護の負担と私の生活を思い遣る心があるのなら。姉には100%ありませんが。)
納得しかない施設です。
文句が付けようもない施設、
それも悔しかったみたいです。
もちろん高額です。
だから、何?
母の財産ですよ。
ちなみにこの計画を実行すると決めた時、
姉に、母の責任を持つ計画はありますか?と
委ねてあげました。
配慮です。
でも無かったです。
姉は、変わりたくない母の(元々そういう人で、更に呆けたらもっと変化を拒絶します。でもそれを受け入れる事が私は愛とは思いません。)
その弱みに漬け込んで
母の為に、と言いながら
母はどうにもならなくなるまで、放っておいて
その時が来たら施設と繋げればいい
その方法を
抱き込んだ税理士を使って
私に言わせた、姉です。
何故か?
姉が抱える矛盾の示すものは一つです。
そこに私がいるのわかってるの?
私はやらない。
じゃ、あんたが引き寄せて
やればいい、老人ネグレクト。
義母にしたように。
恥を知れ。
私は結断しました
本気で。
母は、姉が恫喝し脅しているこの3週間、
やっと私に
自分の不安をぶつけなくなりました
母も腹が括れたら、姉の真実が見えた?
私の本気度が、伝わった?
立ち回って得になる方を選んでいるだけ?
何が理由かわからないけれど
でも言わして貰うなら
ここまでしないと駄目な人は
やっぱり 人としておかしいのよ。
人を踏みにじり過ぎたよ。
もう、疲れた。
もう、普通に生きたい。
普通に。
弱みに漬け込まれていた事は知っている
でも、母の、意思でもあったよ。それも知っている。
私は父のターミナル時に、
姉の動きを予測して
『姉はきっと母にこう言って来るだろうけれど
父が逝くまでは、どうか私を裏切らないで。
今は姉に関わってる余裕がないし反論を考える
時間も体力もない。
母だけ味方でいてくれたら、看取るまで頑張るから。』
泣いてお願いしたよ。
父を看取る為に。
でも母は
欲望に負けて
父との最後を、
恥ずべき姿で迎えたよ。
私は、
そんなお別れにさせない為に
必死で抱えたのに。
必死で耐えていたのに。
誰に愛があった?
あなた達は
大馬鹿者だよ。
その恥を自分で抱えてゆかないと。
今でさえ、
姉の化けの皮一枚残した嘘に
すがっている母。
不憫でもあり 哀れで、
無様です・・・。
そして見たくない、と
苦しくなる。
姉と母、
あなた達の関係も、
親子じゃないよ。
それはね、愛じゃない。
でも、これが
我が家だったね。
運命なんだね。
皆んな、きっと
微かに愛はあったと思う。
そう信じるよ。
でも、身勝手で歪んだ愛だったし
無様だったよ。
甘え過ぎて
勇気が無さすぎた。
自己保身すぎた。
傷だらけで、
自分の傷を、私に捨ててたんだよ。
母も。姉も。父も。
本当に、大馬鹿だ。
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それでも私も馬鹿だから
母が
新しい場所でサポートを受け
楽しく、より充実し
安寧を得られるよう
心を尽くすよ。
そこで、
幸せでいられる事を願い
動くよ。
それは本心。
1人であのマンションにいて
ぬぼーーっとして、寝てばかりで
食事も出来なくなってしまった
誰とも会わない
そんなまま放っておくより
刺激も、幸も、喜びも、増えるのよ。
人は、社会的に生きて
初めて
生きているって実感する
生き物なのよ。
私は、母にとって他人でもなく、
社会でもないの。
母にとって、私は母の一部で。
そう勝手に思われているの。
境界が歪んでいるから。
自分には変えられないものって、あるのよ。
特に老人はそう。
母の一部である私は、同じように、
母を変えられないの。
意思に反する自分(私という)からの提案など
無いに等しく無視出来るから
父もそうだったね。
だから
母が幸せに生きる為に
助けを、引き寄せたのよ。
ほんの少し、
その真意が伝わったのでしょう。
私はもう
自分を、自分で、踏み躙らない。
私だけが損をする事をあえて選ばない。
そう求められても。
母にも 姉にも、
私を、踏み躙らせない。
私は、母も踏み躙っていないし
これからも、犠牲にも、しない。
姉に対しても、今も、1ミリも踏み躙ってはいない。
真実を返しているだけ。
縁を切る、覚悟を示して
姉の都合の良い甘えを
シャットアウトしているだけ。
まともな線引きを示しただけ。
それが気に食わない、姉なだけで。
縁を切っているのに
示しただけ、マシと思え。