境界から見る景色

はじめましての気持ち

タブーではなくなった想い

めい


まだ父が生きていた頃に

実際あった話。


介護が始まった初期の頃だった。


色んな想いが渦巻く中で、

ちょっとネジが外れた扱いづらい父母へ


何とか最善を尽くそうともがき、心を洗う日々の中で、


ある日、


ショッピングモールのエレベーターで

一人の初老の女性に突然話しかけられたのです


「今でも104番で電話番号って、教えて貰えるのかしら?」


何だかとても嬉しそうで高揚しているのが直ぐ

伝わってきました。


私は人に話しかけられ易いのです。


ただ、104番などもう使った事がなくて

私も、「うーーん。わかりません💦」としか

言えませんでした。


そしたら、ガラケーを片手に、

女性は勝手に早口で話し始めたんです。


めっちゃ早口で畳み掛けるように。


「今、旦那が死んだのよ。(私の顔が一瞬で強張ったのを見て) あ、大丈夫だから!もう一緒に暮らしてない旦那よ。でもこれでお金が入るのよ!経済事情で大学を諦めた孫に大学、行かせてあげられるの!だから今すぐ連絡を入れたいんだけど繋がらなくて。娘の自宅の電話番号、携帯に登録してなかったのよ。」


と、一気に。


そして


ぽかーんとしてどう反応したら良いか

分からなくて困っていた私に


「驚いた!?(笑)皆んなこんなものよ。あなたもそのうち、早く◯んでくれ〜って思うようになるわよ。」


と、サラッと不吉な事を言い切って、


エレベーターをサッサと降りてゆきました。


父母への色んな想いを掘り起こし

寄り添おうとチャレンジしていた私は


(・・・あんな風には、ならないと思う。)


と、衝撃の中で思った覚えがありました。


が、


ある意味で、予言でしたね。


私は、姉へですが。






ただ、


この世のタブーを超えている人に


既に私は、出逢っていたんだなぁ・・・


たまに、思い出していました。




あれも、


ある意味で、お導きだったのかなぁ。



死の生き方を続けるなら、もう◯んだ方がいいよ、という気持ちの中に


愛もあった、と発見し


もう、死を願う事すら、

他の想いと差が無くなり


絶対的なタブーではなくなった私は


深く解放されているの。





死を、願われる人生が、


ただ、ある、というだけの事。



その事情は、それぞれで。


そしてそこには、愛も、含まれている事が

あるのです。



----------------


【お別れはタイミングによって印象が変わる】



私の友は、二十代前半で父を亡くしているけれど


亡くしてから一度も、

その直後からも、本当に、たった一度も、


「もう一度、一目でも会いたい、とか、思った事がない。」と言っていて、


それは、どんな精神構造なのかな?とか・・・

何か信じている信念があるのかな?とか・・・

会いたいと思う私と、どんな違いがあるのかな?とか・・・


生前、お父さまとは、どんな間柄だったのかな?とか(ちょっと聞けなかった。今度聞いてみよう。)


色々、考えた。


恨んでいる感じは全くしない。


愛情いっぱいに育った人の片鱗しかない

私の友の中で、突出してまともで豊かな人。


きっと、友は、


成長して自立し、ちょうど親との精神的繋がりが、希薄になったピークの頃に、お父さまの死を迎えたからかも?と


想像した。


ある意味で、


良き親で、良い関係の中で育ち

完全に嫌離れしたタイミングで

逝った父親に対して


何かを、思い残すような「タイミング」じゃなかったんじゃ、ないかな?・・・。


そこで


私も、想像してみたの。


二十代前半の自分を。


もちろん、その時点でも

まともじゃなかった家族だけど


なんとか持ち堪えていた時代。


もし、私の父母が、

その頃に旅立っていたら・・


(確かに大変なものを持った人達だったけど)


もう一度、会いたいとも思う事なく

もっと、良き想い出を抱えて生きられただろう。


なるほど!!!


それ以降の、より悪化してゆく

父母の人格と人生に


ここまで翻弄される事もなく


こじれた彼らから、苦しみも与えられず


良き記憶や、良きものを信じたまま

お別れが出来たタイミングも


あったんだなぁ〜!と


凄い発見💡をした気持ちだった。




人は、


死ぬタイミングも


誰に、何を残すか、という


表現になっている。







色々と、考えさせられたわ。