ごめんね。(人生の棚卸し最終章)

今から、レッスンへ。
喜び解除で、
この出逢いも
どう変わってゆくかな・・・
色んな事が、
きっと変わるんだろうな。
離れたり
深くなったり
それは、道理だ。
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先日
夢の中に父が出てきた。
母と一緒にデイに送ってゆく設定だった。
父は今日はサラダが食べたかった、と言った。
生野菜はそれほど好きだったとは思えず、生前も野菜は食べなければ!という義務感で食べていた気がしていたのに。
珍しい欲求だったから、叶えてあげたくなって。
「わかった!」と
家???(ちょっと設定が違うんだけど)まで
サラダを取りに行こうとして
半分まで車を走らせた所で、
時間がかかり過ぎると判断して
(まぁ明日でいいか!) と
変更したのだった。
そのまま場面が変わってしまって
父も夢から消えちゃったから、
夢の中で、諦めずに取りに行って
食べさせたら良かったな・・・
夢の中では
もう逝ってしまった父だと
認識できていないの・・・
目覚めて、気づく・・。
馬鹿だな。
今日、サラダを買って持っていこう。
夢の中の父の姿は、
歩行器を携え歩く
晩年の、でも、まだ割と思考は
しっかりしている頃の父だった。
機嫌も良さそうで。
この時も、何故か
姉はいたような設定だったけど
夢の中で姿を一切見なかった。(喜ばしい変化です。)
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今朝、メモ帳を探していて
自分が書いた、3年ほど前の走り書きを見つけた。
父母を介護していた時の
苦しい怒りと絶望を感じていた時の数行の文章。
心情の吐露だった。
こんな風に、
我が子に思われる実父母って・・・不憫だな。
私の想いで、
私が書いた走り書きなのに
私は、こうしていつも
客観視してしまう自分がいた。
それを、滅多にブログに書くことはなかったけれど( ここに出したものは、嘘ではない事は誓えますが、全てではないの。バランスを取るため、自分の為に活用しているブログだという由縁です。)
どこかで、自分を責めてきた。
旦那には、その両方を出しているから、
旦那からは「それを、お前が言う?」と
苦笑いされてきたけれど・・・
そういう脳だし、それが私だったの。
全てが同時に「今ここ」で感じてしまう事が
苦しくて仕方がなかった。
どれを選んでも苦しくて。
その自分の走り書きを見て
複雑な思いが湧いた。
でも、
この想いも
私の想いです。
今は寄り添える心です。
その走り書きメモを、
握り潰して
ゴミ箱に捨てた。
どうしようも、なかったよ。
私だけで、作り上げたわけじゃない。
私だけで、解決は無理だったよ。
それを求めたあなた達が、残酷だった。
今、振り返っても
この家族のありようは
私がこの世で背負っている現実なのだと
わかっているけれど
もう、取り返す事も
やり直す事もできない。
今日は、涙が滲んだよ。
でも、
ごめんね。
もっと上手くできたら、良かったね。
もっと
仲良くしたかったし
優しく温かくしたかった。
もっと上手く
家族でいたかったよ。
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この数年
父母や姉と
どこか似ている
多分、何かが近い人、を
知人に持った。
私が、人生の棚卸しの
最後の仕上げに入ったからでしょう。
そうして出逢った人達は
縁と意味がある人達だった。
何故なら、普通じゃあり得ない
シンクロがくっついてきたから。
印、でした。
きっと、必然、という出逢いだったね。
私は表面上は家族に接してきたように
取り繕っているけれど
ずっと心地よくないものを
きっとお互いに抱えていたよね。
私は、貴方達から執着されているのを
感じるし、
求められている役割も見えて
応えなければ、と
つい応じてしまったけれど。
でも、もう終えます。
距離を取るわ。
今日、
この湧き上がる心で
さようならって 線を引く。
父の夢が、
いえ、父が
私が、どうにもならなかった事への
執着を捨てて、
次の世界にゆけるように
本物の「お別れのスタンス」に
導いてくれた気がした。
お別れは
こうじゃなきゃ、
本当の決別にならない。
ここに至るまでが、大変で。
ありがとう
ごめんね
愛はあったよ
でも、
さようなら
お互いが
心地よく生かし合える日が
いつか もし、
迎えられるなら
再び、逢えるかも。
でも、
それが叶わない今を、受け入れます。
それぞれの方法で、
それぞれの道で。
さようなら
皆んな
ただ、必死に生きてきて
今も、本当は、必死にもがいているだけ。
歪んでしまった貴方たちだけど
そんな貴方達は
仲間なのだと
本当は知っています。
ただ、分かち合えない「時」なのです。