境界から見る景色

はじめましての気持ち

食に関わる事

めい


【飛騨牛の牛スジ豆腐】



私は


絵を描く事が得意で好きだった。


でも、


色々な事情で


それは取り上げられ、潰された。(とても複雑な人間関係の構造の中で、巧妙に)


それを守り抜くほどの自尊心が


育つ家庭にも生まれていなかった。



時が経って、


自分って何?という問いの

きっかけになってくれた『食』について


深く興味を持つようになった。


食にまつわる仕事に転職したいと

本気で思った頃があった。


『美味しい食』にまつわる切り口から


『正しい食』とか


『健康食』とか


色んな切り口があったなぁ。


スイーツ作りから、

外食を真似たり、

海外の食を再現したり


最も心が動く、行き着いたものは


郷土料理であり、家庭料理だった。




でも、それすら


自由に作り、

本気になるたびに


私は太るのでした(苦笑)


食を作る事を楽しみ、

レシピを構築しようと動き出すたびに


現実ではストップが入る事象が起こる・・・


何度か繰り返して

自然としなくなりました。


こういうのが、

ネガティブ方向の宿命でしょう。


たまに、料理人で、巨漢で

体調の悪い人を知ると、

あぁ・・・と、思うの。


きっと、私と同じタイプの人なんだろうなぁと

切なく思います。


上手く、その立場でバランスを取る方法を見つけてくださいね、と想いを放ってお店を出ます。


たくさんの食を作ってゆく中では、捨てる事も受け入れてゆく必要もあるだろうけれど、


それより何より


一般的な普通量を食べるだけでも

増量してしまう人間って、この世にいるのよ。


私もその一人。


今の家族は、現実を見ているから

よくわかってくれているのが救い。


私は自称小食な89歳の母より

全然食べない。


でも、これでやっとドローなの。


だから、現場に立つ仕事は

どうも向かないようだから


食に関する想いや視野を、文字にしよう!と

文章を書いていた時期もありました。


それは今でも、

いつかカタチにできたら良いなぁ〜とは

思っていますが・・・


長い間、実は諦め切っていなかったの。


古民家再生に関わり出して

(良いなぁ・・・カフェやりたい)って

思う事、ありました。


実際、介護がなかったら


管理物件でとってもいい条件で始められるチャンスがあったの。


けど、それも、目の前の現実を見るなら・・・

私のタイミングではありませんでした。


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数ヶ月前、


旦那の高血糖で


また、食を整えることに

強く制限がかかる事を受け入れなければならなくなった時に(自分一人でコントロールをできない人で)


色んな心の時期と、


整理が重なって


((あぁ、もう、その想いは完全に諦める!!!))


と、決めました。


実は、他にも直近で、知人がお店を出していて、「一緒にやる?」と誘われるチャンスもありました。


食に関わるきっかけは、やって来ていたの。


でもね、


その食は、


旦那や私を、

健やかには保ってくれないものなのよ。


その食が悪いわけじゃない。

でも、私達には、合わないの。


そのチャンスを引き受けたり、

その世界に飛び込んでも


相当に自制して、

作り出す食と、独自に距離を取りながら・・・

じゃないと、健やかにいられない・・・


これって・・・なんか違う。




だから、もう諦めた!!!と。


向く人はいるのだから。

その人達の表現する居場所なのよ。


飲食店をしている知人の食事量を(賄い食)見て

思い知りました。


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最初に


食で救われるきっかけになった


高校から買い続けていた(ここ数年は場所がなくなって、新刊は買えていなかったけど・・)


特別な思い入れの強かった食漫画を、

手放したの。


私が食を大切に想うようになった

きっかけで、象徴で、実際、何度も救われた漫画だったけど・・・


ここに、こだわっていたら

今の私は変われないと悟ったので


決意の現れとして、ね。


順次、今、持っている

大量の料理本・料理漫画のコレクションも


整理してゆく決断も、この選択で、できました。


でも、


ふと、


最近思ったの。


・・・諦める必要もないよね?って。

・・・今も、楽しめているよね、私!って。

・・・別のカタチでなら可能かもよ?って。




さっきも息子に


「ちょっと早めに朝昼兼用のご飯を済ませたいんだけど、何かある?」って聞かれ


いそいそ、と「作るわよ〜♫」と、私。


①今、あるもので、

②息子が美味しく食べてくれる

③かつ身体にとって栄養バランスが取れた


この3つが叶う食事を


ささっと作って、出す喜び✨

そして

美味しそうに食べてくれる姿を受け取れる事は


とっても、満たされ✨幸せ✨って思う瞬間❗️


最も食べて欲しい人に、食べて貰えて、

最高に無駄のない効率で

願いは叶っているのよ。


凄いじゃん。


それに


旦那と高血糖対策飯を一緒に食べて


制限も一緒に受け入れて

ルームランナーを自分にも課したおかげで


旦那だけでなく


今、私は変化の中にいるし( 随分、痩せた。今回は狙っていた訳じゃないから、得した気分!)


自分達が、


美味しく食べる事ができる食を求めて

受け入れ、変化して

健康を取り戻しているの。


習慣や、文化は

なかなか手放す事や変える事はできないけれど


ロカボご飯を作る事も

ある意味で、私の宿命だったのだね。



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二十数年前


最も、自分と、自分の大事な人を

健やかにしてくれる食べ物を


私が、


真っ直ぐに、愛して

その出逢いもっと感謝して

大切にしてきたら


きっと

何かが違ったのだろうね。


だって、実は私は

ロカボの先駆者だった。


この世に今のようにロカボが知れ渡る10年以上前から( 挑戦したのはもう二十数年前!)


原書でしか日本に本がない頃から

分厚い原書の翻訳本を読み


清水の舞台から飛び降りる気持ちで


私は、


自分の体で人体実験をして

効果を確証していたのだから。

(当時から、完全に本の通りではなく、体感的に、独自なゆるロカボでした。)


自分を受け入れる

自分を愛するって


一つ一つは

こういう事なのだよね・・・


外の声に惑わされず


私を生かしてくれたものに心を開き

その価値を知り、

大切にする事、

それを分かち合う事が重要だったね。


もちろん

心が追いついていなくて


合わないものを「好き」、と想ってしまう心も、

真っ直ぐに突き進めない感じも


認め、

自分を労りながら・・・



現実にある

自己の矛盾には、

心を開いて・・開いて・・・


ただ


ありのまま

目撃してゆくしかね。


そこから、変化がやってくるの。




変わる時の


仕組みは


必ず、こう。


必ず。


これが偶然にもうまくいった時に

始まるのよ。


(変わらない、変わったフリをしたい人、の、

仕組みは違います。)