境界から見る景色

はじめましての気持ち

隠された神と、blogの価値

めい

ここにあげるのは初めて、です。




とある寺院系の祈りの場の


石段を上がっていった

最も高く

参道からは見上げてもわからない

林の奥、

あえて岩盤に隠れるように

見えない場所に置かれた石碑


調べたら


大己貴大神(オオナムチノミコト)

少彦名大神(スクナヒコナノカミ)


と呼ばれておられる神様を

お祀りされているようでした。


いつの時代か、神仏合祀を分けた時代がありましたよね・・・


お寺の勢力を削ぐ為だったのでしょうが


この祈りの場は、多分ずっと

鳥居はあるけれど仏教の祈りの地。


逆に、神道の神様を


守るように

最も見晴らしが良く

人が入れない隠された場所に


祀っていたのは何故?なのでしょう・・・


今年はここと・・・


もう一つ、ご縁が繋がって


公には告知されていない、ひと月に2回数時間のみしか開けられる事がないお社に参拝できました。


これをシンクロニシティだとするなら


『隠された私の中の神域(心の)が、開いたよ!さぁ、』


って感じ?


だと、良いなぁ。



一度は人口減で、

廃れてしまったこの祈りの場を、


再び蘇らせてくれた方の、お一人に

今年、偶然、案内していただけた


幸いでした。


本来なら、ありがとうの巡礼の地で

真っ先に行く場所でしたが


何故かなかなか心が決まらず

昨日、「あ、今日行こう!」と


旦那を誘っていってきました。


今日になったのは、あの、最奥の石碑に、

旦那にも引き合わせる為の今日なのかな?と

思って、


「ちょっとすごいところ登るけどいい?」と


旦那と一緒に参拝する事が叶いました。


「凄い所にあるな!」と


信心深くない旦那でもあり得ない

その場所にある事に、心動かされ・・・

自然と、祈る姿勢も正された空気でした。


本当に、不思議な場所です。


父を喜ばせたくて、

巡った地


あぁ、気になる、と思ってはいた場所に

父が亡くなってから

想い出を辿る道すがら寄ってみたら


ビビビ!ときた、

出逢いものの場所だったのです。


私が苦しい時に、支えてくれた場所でした(それを神というのなら、神様方でした。)


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旦那とランチ。


ここは、祈りの場から近い、

父母を気分転換によく連れてきた場所。


昨日は旦那を連れてきた。

私よりちゃんとご飯を残していた旦那。

自制してるわ・・・


日替わりが売り切れで、それしか選べなかった

手作りコロッケランチは、美味しかったけど

糖質高いもんね💦


この席で、父母と食べた。


つらつらと、ここはね〜と、旦那に説明していたら涙が溢れて、今日も泣きながら食べた。


旦那に話す


「あまりに、姉と母の姿が醜く過ぎて、父とのお別れがあんなふうになった事がショックで。それを整理する事に今までかかったけど、父への整理は、まだ終わってないみたい・・・やっと始まったのかも。」


「臨床心理士さんにかかった時は、姉と母の事でかかってたのね。それしか話してないの。一旦終了できたけど ・・・もしかしたら、別のゾーンでまた必要って思う時が、あるのかも。」




父がみたら喜んでくれただろう、

雪を被った山の景色


歩くのがおぼつかなくなっていたのに

あそこに登る、と歩いていった場所。


こんな近くに、空気が違う

こんな場所があった事に、ワクワクしてもらえているのがわかって


私は密かに、嬉しかった。


今思っても


父を喜ばせたいと思いながら過ごしていたのに

父は困せる事ばかりして・・・


でも、それも

どうしようもできない自分を抱えた

父の悲哀だったね




ランチを食べながら

旦那にとつとつと話す。


「凸凹息子への理解は頑張ったし、できたけど

父には・・・間に合わなかったよ。もっと向き合えばよかった。」と


言ったら


涙が溢れた。



あの頃は、


もう後悔はない

これが精一杯だと

身体ごと悟っていたけれど


確かに、


きっと、あれが

精一杯だったのだろうけれど



時間が経って


今、ここで


後悔の心を抱きしめることも

必要な事なのだと


思います。



全ては


ありのまま




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さて、今から母の介護に行ってきます。



昨日は屑姉が

母の施設に来ているので


その痕跡を母の部屋に感じる事が

今から、気が重いです。


自分を履き違えて

去年、一つ前のblogにあったように


私がLINEで切れて突きつけるまで


一年半、

嘘をつき

その嘘が本当に映るように

あり得ない姿で私に恫喝し続けた


屑です。


裏アピールの痕跡を

いつも残した姉です。


1ミリも


姉の触れたものに触れたくない

もちろん、姿など見たくもない

同じ空気さえ、吸いたくないのです


彼女には彼女の歴史とストーリーが

あるのでしょう


勝手に想いを馳せて

理解し許容してきた人生でした


でも、私はもう一切理解しようと思いません。


人生を別つ事が望みです。


呪うのも疲れます

無駄なエネルギーを

1ミリも与えたくない


何故なら自己を振り返る事のない魂に、

被害はあっても恩などない魂に


どんな私のエネルギーも、

与える義理も価値もないのです。


絶縁を選びます。



それが、全てです。


けれど、現実は


まだ、母がいて

全てが終わるまでは

難しい


苦行です。


だから、工夫をし続けます。





母へは、もう諦めた私は


母が、明日から

屑姉夫婦と旅行に行く事も

随分、吹っ切れています。


母が幸せな気持ちで過ごすのだから

それが姉だろうと


もう、良いのです。




その間、


施設に預けているより

肩の荷が降りる事も事実です。


私の冬休みがやってくる

そう思って、


切り替えられます。


正直に感じて吐露するなら

ここに書いている心の9割は本当ですが


1割は・・・


私を踏み躙った事を知っている母が

そのままのうのうと生きる屑姉に

未だ何も対処せず(まぁ母もグルだったからね。)


平然と

姉との付き合いは私の権利と宣って

私に介護されて生きる母へ


痛む心は・・・

当然、あります。



でも、もうそれも、

諦めたのです。


皆に、支えられながら

選びました。


大きな

大きな、

諦め、で


助けも

時間も必要でした。


屑な母や姉から

何もないまま


私が私を生かす為に

後悔しない為に選んだ


渾身の再選択でした。


ここに吐き出す事にも支えられました。


数少ないと思いますが

読んで下さっている方に感謝します


私は、blog上で交流を絶っているので

向こう側はわかりません。


どんなふうに読まれていても

まぁ構いません。




私は、


ありのままを見せてくれてきた

blog や、blog本に


導かれたものが多いのです。


抵抗する心

批判する心含めて

共感する日も

気づきを貰う日も

尊敬する心を持つ日も


全部を1人の人の中に見て

向き合う事を

可能にしてくれた


この仕組み、


ありのままblogに(ブログ本に)


本当に、

心底、


色々なものを貰って

救われてきた事を自覚しています。


そうやって、心を動かしながら追うには

私には、目先の交流は、


逆にデメリットでしかない事を

自覚してきました。



だから、良いのです。

自分のblogもそうなればいい。


どう思われても、


隠されている心が動く、という事が

尊い事なのだと


知っているから。