境界から見る景色

はじめましての気持ち

食べたもの色々

めい

どて煮(モツ煮)


八丁味噌で!

蒟蒻・牛蒡・焼豆腐入り➕映ってないけど


ゆで卵✨


卵は鉄板よね


たくさん作ったので、

色々アレンジしながら楽しんだ。


この辺りのどて煮は八丁味噌ベース👍

絶対に ネギ、➕七味❗️


美味しくできた✨


お菜のチョコチョコ盛りも

小松菜の台湾風炒め・茹でおかわかめ・独活・大根サラダ・鯛のカルパッチョ・レトルト茶碗蒸し


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実は、好き。

クランキーチキン(うま塩)


息子を離れた小学部まで送迎していた頃に食べた、想い出の味!

私にとってはタブーだったけど、

息子の喜ぶ顔見たさに、タガを外したモノ。


今でもたま〜に、1人で食べる。


自分への優しさで。


ひと口、口をつけちゃってから、『・・何故 最も身近な「好き」、は、画像に収めてないんだろう?・・』と、ふと気づく。


幸せの回数・深さを思えばおかしな話し。

自分の歪み、思い込みを見た気持ち。


パスタは多々あれど、


私は心からこのニンニクとトマトのスパゲッティが、最も好きなのです✌️


繰り返し食べているうちに、もう、故郷の味のように慕っている(笑)  


息子も全く同じ(笑)


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筑前煮 


私が居ない間の、息子の野菜補給と朝食を意識して。


映ってるのは半分。


大きなタッパーにがっつり作って、ついでに燻製卵も剥いて切って一緒に入れた作り置きでした。


3日家を空けて帰ったら、ほぼ空✌️


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長野のパーキングのお蕎麦のクオリティが高すぎた✨さすが、蕎麦文化圏✨


私はうどん文化圏の地に生きながら

お蕎麦が大好きなので、本当、羨ましい。


愛知も最近でこそ、少しずつまともなお蕎麦が食べられるお店が増えてきたけど


蕎麦文化圏人が普通に愛知でお店を選ばず入って蕎麦を食べたら、


びっくりするほど不味くて驚くと思う。


愛知に生きる蕎麦好きほど、「不味いお蕎麦を食べるぐらいなら」と、すっぱり諦めて、

うどんを食べている事も多いのです・・・


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城下町のホットドック。これめちゃくちゃ美味しいの。画像からは予想できないと思う。

もう、知る人ぞ知るになった。


お肉もパンもふわっふわなの


炭火で炙られてスモークの香りを纏った薄切りのこだわりの豚バラ肉は甘塩っぱく、特別な香辛料とかを感じないのに絶妙!って思う味✨


昔行った時は、お店は切り取られた窓だけで


でも、地域のコンテストで入賞してるホットドックのお店だとわかる切り抜きが、ひっそり、お店の前に貼ってあって・・・


並ぶのが嫌いな私達は、空いてるそこで買ってみる事に。


そしたらメチャクチャ美味しくて❗️


何年かぶりの今回は、列に並んで購入。


やっぱり変わらず美味しかった✨


本当に見た目と違ってふわっと軽いので

私でも5本は軽く食べられそうなの。


パンがそれほど好きでない私には

あり得ないホットドックなのです。


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上記のホットドックの香りの良いお肉にインスパイアされて


家にあった美味しいお肉を焼肉のタレでフライパンんで火を通してから


家にある土鍋簡易スモーカーとチップで

軽〜く燻してみた。


炭火は流石に使えないから。



桜のチップ使用。


やっぱり部位と薄さが違うし

炭火じゃないから印象は、別物。


でも、まぁこれはこれで燻製豚として

美味しかった。


次は、美味しいしゃぶしゃぶ用のバラ肉を

お醤油とお酒と味醂だけのシンプルな味付けでさっと炒めてから


燻製チップを癖のないブナとかナラに変えて

軽く燻してみたい。


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美味しいラーメンがたべたいという母88歳の願いを叶えるべく色々連れて行ったけれど


どこも納得せず、駄目で。


かと言って、


どんな系統のものを欲しているか、

自分で自分の欲求も探れず、

リクエストも伝えられない癖に


『美味しいと思う場所に連れて行け!』という


超・厄介な母💧


その愚痴を話のネタに、友にこぼしたら


気に入りそうな一杯を、教えて貰った✨


昨日食べに行ってみて感動。私これ好き✨

いつしかこのオーソドックスな、


昔ながらの中華そばの美味しいやつを出すお店が消えたのよね。


ラーメンブームで。

多種多様なラーメンが溢れてね。


このお店は隣の県で、


全く小洒落たお店じゃないけれど、昔からの常連さんが今でも列を作る、良いお店だった。


並ぶ人用に外にガレージみたいに部屋まで常設しちゃってて


お客さんを大事にしてきたのも伝わった。


☝️は、かつおラーメンっていうの(笑)


色んなラーメンがここはあるので、ネーミングがシンプルでわかりやすい👍


和の風味が香るしみじみ美味しいラーメンでした。


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実は、母はね、


白いスープに魚節が香る

愛知県民に愛されている名物の


『スガキヤラーメン』が本当は


一番好きなのよ。


でも、大衆路線でフードコートなどに入っている、子どものおやつ的な安価なイメージで存在するスガキヤラーメンを


変なプライドがあるせいで

私は一番好き!と言えないの。



このラーメンはそのスガキヤのスープを彷彿とさせる味だった。色は全然違うけど。


多分、母も、気に入るはず。


でもね


スガキヤラーメンをちゃんと愛したら良いのよ。本当は。


この前連れて行ったラーメンに

また文句を言われた時に、


知ってはいたけど黙っていた

母にとってのタブーをあえて


突っ込んで言わせていただいた。


『あのね、あなたはスガキヤが一番好きなの。もうそれでいいじゃん。安くて美味しい、私も大好きだしスガキヤは皆んなの特別枠だよ。スガキヤは凄いのよ!?』と、力説。


母は苦笑いをして「あれは最初の印象が良かったから」と、まだ言い訳していたが。





自分の「好き」を、「好き」と言う事に


向き合えなかった人生。


そのせいで 「好き」を表現する人を


妬み、否定して、奪う人間になった人。


でも、父と老いてからよく食べに行ってたよ




老いた母になって、

初めて知った本当の好みがある


母は、コーラとコロッケが、

実は大好きだったの。


抑圧が解けてきて好きが漏れ出てきた。


最近まで隠してきた好き。




あともっと驚愕だったのは


魚が苦手な父に、

『私は魚が食べたいのに!』とずっと愚痴っていた、私は魚好き!を自称していた母が


驚く事に


それも擬態で、


実は母も、魚はそれほど好きじゃなかった、

という事が判明。


子供心に変だなと思う事はいくつかあったけれど


母は、自分で自分を騙していたから。


あとは、


蕎麦好きだと言っていたのが


実は、饂飩やきしめんの麺の方

多分、ずっと何倍も好きだったという事


これは父が亡くなって自由になった部分。


これも、びっくりするレベルの擬態ぶりだった


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自分が好きな食べ物にすら


素直になれていなかったって・・・

相当、歪んでる


こういう事を知るにつけ


業が深いんだな

心の闇、抑圧が一杯なんだなと、知る。


美味しいと感じる事にすら

素直になれない


抑圧された心が存在するの。


私の中にも、あったから よく分かる。



思えば


母の母、私にとっての祖母が北海道出身で

海に面した村の出身なの


祖母は故郷を出て魚介が恋しかっただろうし

魚を美味しいと共感してくれる子を、

きっと、「正しい子」「味がわかる優秀な子」という、態度で育てたんだろうな。


食の好き嫌いに


正負を持ち込まなければ

食に対して歪みは起きないのだから


祖母は正負を持ち込んだのでしょう。


母も、まるっきり同じ姿だったから

予想ができる。


私は煮魚をそこまで美味しいと感じていなかったのに、子どもながらに親の心を読んで、好きなふりをしたし


母が下品だと蔑む食べ物ものを、美味しい!好き!と言えなくなった。


どこかで、自分はダメで、下品な舌で、美味しいと思う事がいけない事のように感じて生きていた。


早々に食べる事に興味がなくなっていった。


母は、私の好きな食べ物を一つも知らずに生きてきた。親じゃないよね。


結婚してよい歳の大人になってから

初めて私が好きなものを打ち明けた。


無意識に連鎖に生きる人は、こう。



私も、食の感覚すらコントロールされて

抑圧洗脳されていたけれど


微かに残ってた自分の感覚を味わう、という

チャンスが来た。


飢えたことがきっかけに(笑)


ダイエットをして (ある意味、断食?)


美味しいと感じる事は悪ではなく


自然な事なのだと、「自分で」思えたから。


その感覚から疑問を持ち、糸口を掴んだ。


本当に些細なきっかけだったと思う。


でも とても大切な事だった。


私の感覚が潰されきっていなかったのは


住み込みの乳母が、私にとっての親だったからだと思う。


数年だったけれど、愛を貰ってしまったから。


親にとったら面白くない事だっただろうけど


あの愛があったから


この世で生き残れたのだと知っている。


食から始まった


自分の感覚を肯定する作業は興味深かった


恋愛も同じ。


そこから、サバイバルしたのだから、


食と(私の場合は➕恋愛)


本当に、


心にも身体にも大事なのよ。


それは


全てのベースである、


心の仕組みの始まりで


雛形なの。



全ての事は


❶自分が何を感じているか?

❷それに対して自由に表現・選択できるか?

❸自分をジャッジなく受け入れられているか?


に、尽きるの


そこから工夫が始まるの。




その練習を 最も、身近で


繰り返しているのが、食なの。


食を通して


心を育てる事も

心を支える事も、


できるのよ。




でもね


実は、言い換えれば食じゃなくても良くて


全てのことが


実感を大切にする、ということの


本質がわかれば


どんな事も、生きる姿勢を育む


切り口になる得るの




抑圧するには感覚的すぎる「食」と「恋愛」は


サバイバルの最後の砦だった


私にとっては、そういうものだったな。



あ💦また脱線💦(笑)