雀の命日

今日中に書こう。
今日は、7年一緒に暮らした
雀の命日です。
もう15年も経ったんだな。
ベランダの白い鉢植えが、お墓で
2羽眠っています。
最初に出逢ったコは
姉が保護したコをもらい受け
次のコは
私が側溝から拾い上げたコでした。
最初の雀は
身体も華奢で、脚も弱くて
野生では生きられないコでした。
ずっと診てくれた獣医さんは
〇〇さんだったから7年も生きたんだよと
言って下さったけれど・・・
我が家で暮らして、
幸せだったかどうかは分からないし
種族が違うコの
本当の幸せを願う事の
難しさ、矛盾を、
一生懸命見つめてきました。
私は、
その雀に魅了されて
愛しくて、愛しくて
出来る限り、
長く一緒にいたいと思い
頑張れるだけ頑張ってしまった事も
良いことか、
悪いことか
本当は分からないのだと、
身に染みて知りました。
私が、2羽の雀を救ったのではなく
私が、2羽の雀に、救われていたことも
痛いほど、理解していました。
どれほどの深さで
救われていたのかも
身を持って感じています。
私は、生まれてから一緒に暮らした動物達に
深く、深く、救われてきた自覚があります。
最初に出逢った雀ちゃんは
私の首元の髪に潜り込んで
遊ぶコでした。
こそばゆくて
温かい・・・。
私の手の中で、脚をたたんで
雀餅のようにとろけて
眠るコでした・・・。
生まれて初めて、
本能的に、盛大に水浴びをしてしまった日、
はっ!と我に返ったら
(本当にそういう目をしたのです。)
ずぶ濡れで飛べなくて
パニック💦になった雀が
私を探して、
見つけた💦助けて〜💦と、いうように
走り寄ってきた姿が
とても愛しくて。
私は、人の子を宿し迎える事に
恐れがありました。
深く考えなければ
ただそういう自分を受け入れて
子を産むことは無かった人生だと思います。
私には
家庭や子育てのポジティブなイメージが
決定的に、足りなさ過ぎて
親になる自信など
全く持てませんでした。
そんな、年齢的にギリギリだった私に
( 私の中には愛があるよ)
( ちゃんと育めるよ)
と
微かな勇気をくれたのも
最初に出逢った雀でした。
愛おしすぎて、
私より早く、
この世を去ってしまう事実が耐えがたく
でも、こればかりは
どんなに頑張ってもどうしようもなくて。
悲しくて、
怖くて、
狡いけど
私より長生きする生きものに
出逢ってみたいと
初めて、思ってしまったんだよ。
そうして、チャンスを貰っていました
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つわりで動けない時には
ソファーに横になるばかりだった私の
首元に、いつも居てくれたのが
この雀ちゃんでした。
首元で、眠ってくれる
その ふわふわな小さな温もりが
不安しかない私の
慰めでした。
色んな出来事や、
色んな心を、
雀ちゃん達からは 学びました。
異種類で
小さく
脆く
か弱くて
危うい
でも、心から愛らしく
可愛い、尊い存在でした。
小鳥はシュタイナー的にはとても霊性が高い生き物と言われていたそうです。
一緒に暮らしてみて分かるけれど
感情が豊かで
賢く
とても気高い生き物だと思いました。
ちゅ!と呼ぶと
必ず返事を返してくれました。
小さな時に酷く噛まれて痛くて
嘴を摘んで「痛い!酷く噛まないの!」と
本来なら、本に載っている情報では
鳥頭だから躾は無理とか書かれて居ますが
それ以降、酷く噛むことは
一度もありませんでした。
獣医さんも言っていました。賢いよね、と。
彼らは
本当に 賢くて愛らしく
美しい生き物でした。
どうやったら、健やかに育つのか
どうやったら、守れるのか
何が、快なのか
何が、危険なのか
たくさん向き合った2羽合わせて、
12年でした。
それはまるで、子育ての
レッスンを、してくれていたようだと
今は思います。
息子が生まれ、
一緒に過ごした2年半。
(もう、大丈夫だよね?) というように
旅立ってしまったね。
綺麗な青空の日だったよね。
あの時は、苦しすぎて
うまくお別れに向き合えなくて
ごめんね。
出逢ってくれて ありがとう
本当に、ありがとう。
遊び下手な私で
あまり上手に遊べなくて ごめんね。
うまくお別れできなかった私を
許して下さい。
心から、愛しています。
私がそっちにかえる時には
また会おうね。