境界から見る景色

はじめましての気持ち

ハンドパンを奏でる

めい

ハンドパン


届いた楽器✨


さっそく楽器のチェックを兼ねたレッスンの予約を入れて行ってきた。


何が正常か、さっぱりわからないから。


先生に演奏していただいたら

家で触っていた時とは違うキレイな音が鳴った。


私ではこうはいかなかったので訝しかったし

表面のエクボが多くて驚いたけど💦


一通り叩いてみて🆗ですと言われた。


じゃ、先生的に許容範囲なハンドパンなのね。


それを信じて


私も音が鳴らせるように、向き合ってゆこう。


まず目標は、1曲弾けるようになる事。


1レッスン、1フレーズの

亀のあゆみでもいいから

最初から曲に取り組みたい。


先生の提案も柔軟で「どれもあり」ですって。


子供の頃無理やりやらされていたピアノでの

トラウマや実感した事を、繰り返さない為に。


自分に合った方法で。


楽しむ為に音楽をするのよ〜



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ハンドパンの基本は


人差し指☝️で鳴らすのですが、


私は人差し指で鳴らす事に、

ちょっと違和感があって・・。


先生に「中指ではダメですか?」と訊いたら


『あーー師匠には今も【人差し指で】と私も指導されるんですけど・・・』


『実は私も✋ 基本、右手は中指で左手は人差し指で演奏してるんです(笑)』


『いいと思いますよ。違和感がない指で良いです。多分、男の人の手のサイズと違うと思うんですよ。いい音が鳴れば良いのですから。☺️』と


悪戯っ子のような可愛らしい笑顔で。


いいわ〜好き👍

この囚われのなさがいい。


きっと、私にはベストな先生✨

出会えて本当に嬉しい。



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本当は最初のきっかけは一年ほど前に

動画でDーマイナーの432Hzに調整されたハンドパンの音色を聴いて、興味を持ったんですね。


平均律には都市伝説的な話がありますね。


440Hzに統一されたのは

この世から、432Hz調律の純正律で奏でる音楽を消す為だと。


432Hzに調整された音楽を聴いたら、人が整っちゃうからだ、とかいう説に


興味がありました。


だって、音や音楽はダイレクトに心にきすぎて

長い間、限られたものだけにしか心開けず

使いこなせていなかったけれど


多分、過敏な分、音の効果は、

実感も確信もあったから。


それにどうせなら、不調は一杯あるし

願わくば整いたい(笑)


でも、私に繋がったご縁が

今、示すのは・・・


純正律に調整されたハンドパンではなくて

平均律に調整されたハンドパンでした。


その縁を、受け入れようと思いました。



10年ぐらい前に、周波数に興味を持った時に

調べた事があるのですが


実は調律されたHzも微妙なものらしいです。


例えば音叉を432Hzに調整しても、


音を出す時の湿度や温度で、

結局は微妙にズレるのが、普通らしいの。


音に詳しい理系の人が本を出していました。


今は一般人も、色々便利になって

検証できるので


実際、432Hzに調整されたハンドパンを持っている方が、アプリを使って自分のハンドパンが432Hzかどうかチェックした様子をノートにあげておられました。


結果は430Hzでした。


でも、その方は「まぁまぁだね。」と納得していたので、そんなものなのでしょう。


本当に、432Hzが出ているかどうかは

運も天候にも左右されるような


神のみぞ知るものなのかも。


そこ、に、こだわるより、


目の前で奏でられた

先生の平均律調整のハンドパンに

涙が溢れた自分を信じます。



ラ音を432Hzに決めて、

そこを基準に他の音を決めるのが

純正律らしいですね。



そこに基準を持ってくる事で

生まれる音階も、いつか生で聴いてみたい。



Dーマイナーのハンドパンにも

興味はある・・・


なんというか、メランコリーな

ミステリアスな空気なの


私の根底は

多分めちゃ共鳴はある音階だと思う。


扇情的で

ミステリアスで

メランコリックな空気感



でも、私は、もう

自分でそのゾーンの心は

やり切った。


音や音楽に


鼓舞されたり

解放するのを手伝ってもらう必要はないし


今は、心上げる事を

音に支えて欲しい。


先生のハンドパンの音色は

優しく明るかったのよ。


それを伝えたら


先生も「私もDーマイナーのハンドパンの方が実は好きなんですよ。でも、今はこっちかなって。明るくなりたい時は、絶対こちらがおすすめです。」


って仰ってくれた。


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自分では、わからないと感じてしまう

難解な、でも、きっとそこには何か真実が含まれるんだろうな、という事について


興味深く展開される

理論への囚われも


もう、手放そう。



心動くものが目の前にあるなら

素直に手を伸ばす・・


それでいいじゃん。



きっと440Hz調律が悪い訳じゃない


実際、私は全然、嫌な音に感じない。

今ある音楽に心は動くよ。


国際的な基準になった440Hzのチューニングも

悪い事ばかりだったわけはなくて

必然で、必要を担った誕生だったはず。



現実を超えた世界の何かが

そこに秘められていたとしても


存在してきた恩恵に感謝もなく


必要じゃなくなったら

自分に都合が悪くなったら

否定して、悪者にして

変化してゆくってパターンって


なんか、違うよ。





あ、そうそう


人でもいるの。



変化してゆく時に

自分と似た人を否定して

進むのよ。


必ずそのパターンを取る人っているの。


変化は変化なのだろうけれど

とっても自分本位で


人としての厚みとか

愛とか育たない変化なのよね



自分が変わる時には、

全てを踏み台にしちゃっても平気な「変化」


「変化」と「進化」は別物なんだね。



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432Hzに調整された、といいながら

432Hzが出ているかどうかも怪しい事を

もう知ってしまっていたから


決断しやすかった。


1Hzずれたら


もう別の人っていうぐらい

違う周波数だと言うことも


科学館の実験で実感していた。


(科学館でね、砂粒に周波数を当てる実験が本当にミステリアスで面白かったの!ほんの少しズレると砂粒が踊らないとか、カタチをつくらないとか。確かに、特定の周波数だけに起こる事だった。その特定の周波数が不思議だったのよ。)


Hzを緻密に合わせようと

楽器や音叉を作る人や調律する人は、

きっと頑張っているはずだし


その時は、プロの仕事で完璧でも。


温度・湿度を考えたら、

実際は・・・って事なのよ。



それに、奏でられる音は

基準になっているラ音だけじゃない。

当たり前だけど。


別の音も曲に参加している訳で。

その音が奏でている周波数があるのだから。

そして重なり合ったり

余韻が響いているの。


聞こえない周波数だってあるでしょう。


一曲の間に、本当は何が起こっているかなんて

素人が解明しきれない気がする。


だから


例えば


音叉が共鳴できるのは

隣にある音ですよね


人間も音叉と同じと考えたら



人も

似た人にしか

共鳴は起こらない。

変化は、起こせないの。


ちょっとだけ違う似てる人。


その人が

隣の人を助ける事ができるし

共鳴して心震わせる事ができるのよ。



すごく高音の音叉が

低い音叉を震わせる事は

できないのよ。


逆も然り。


私が、


自分に正直に率直に、と

思ってきたのは


この仕組みを

身に染みて感じているから。


ジャッジしないでいる恩恵は

ありのまま受け入れる恩恵は

必ず、ある。


音楽を通じて起こる事も同じだと思う。


心が動く音に

音楽の旋律に

メロディを


味わって、

味わって、


心を開いてゆきます。




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始まった、この穏やかな時間が

長く続きますように。


心揺れる日、

忙殺される日が


また、来るでしょう。


色んな事が、またあるでしょう。


でも


また、そんな日々が来ても


大切にしたいものに

繋がっていられますように。


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そう言えば、



パステルの先生の空間も

そんな感じ。


いつ行ってもいいし(予約制)


描く型はあるけれど、


その型も、自由になる為のステップだという

スタンスで


毎回一枚は

自由時間といって自由な一枚を描く。



良き人、良きものに

出逢えている流れです。