境界から見る景色

はじめましての気持ち

無意識は諸刃の刃

めい





2月頃から


何となく、


書く気力が落ちているのを

自覚しています。


でも、変化する時って、こんな感じ。


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【今日、思った事】


★人生の棚卸し時期と、

★子育て時代


よく向き合った世界観について。


理論として理解し

予感として悟っていた、その世界観は


今は、感触を随分姿を変えましたが。


変化の理由は


私の中の、他者への視野と理解が深まって(🟰自身の理解も)   変化したからです。


ただ、


根が深い、先祖代々の業が、

他者の中に集約して視えて、


かつ、決して、


その人の望んだ選択ではない、

偶然でしかない人生の不幸に

あり得なく見舞われた話を聴くたびに・・・


私のアンテナは


人智を超えた必然の繋がりを・・・

やっぱり感じてしまうのでした。


もう、その世界観で


自分の人生も

他者の人生も、


感じたくもないし

眺めたくもない。


その世界観を持って生きる事の


不毛さも、

アンビバレントさも


重々、知ったのに。


ただ、


私が知ったのは不毛さであって


その世界観が真実ではない、と

否定した訳ではないの。


多分、真実なのよ。



目の前にみえる人がきたから

アンテナが察知したのだな・・・


そう心が動いた意味と、向き合わないと。

そう思った、今朝でした。




あの頃、人生の棚卸しが始まって、

必死に心から願った事。


今日は、初心に戻って祈った。


【私は、その系統のドラマはいらない】

【他者にそのドラマを演じて貰いたくない】

【他者の命を自分の目覚めに必要としない】

【私の目を覚ます為に、その創造は必要ない】

【違う創造で、同じものを達成します】



私は


無意識が、オートマティックのように

受け入れられないでいる「心」や「業」が


どれほど怖いものを連れてくるか、を、

知っている。


今はもう


その、呪いのような無意識との繋がりや

ロジック、細部がみえている。


私は、変化してゆける術を持ったから


この世界観を


思い出す事も

こうして祈る事も


なくなっていたけれど。





今日は、


流れに身を任せて、

久し振りに祈った。


他者の、


宿命のように手渡され、

負ってしまった業が

引き寄せた人生に、


しばし 触れた時に感じた

私の、心へのケア。




祓いのような

禊ぎのような


祈りです。


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そう生きるしか無い

ある場所から降りられない無意識の人へ


哀れみを捨てます。


永遠に。