カードに気づかされたダメージ
昨日、このブログを書いて、表現してみて
自分が思ったより
ダメージを受けている事を自覚しました。
5月も色々あった。
なぜ、また、今の本当の自分と
こんなに乖離してしまったのかな?と
考えてみて、
blogに出すだけで良いのかな
でも、誰に伝えたって相手には伝わらないし
何十年と変わらなかったのだから、
諦めようとしているのに
その、今、何を表現しろと?
母では、ない。
もうあの人は無理だもの。
姉はもう切っている。
離れる以外の選択は絶対にしない。
多分、ダメージは・・・旦那との関係だ。
このままなかった事に、
また、しようとしたのかも。
それが私が実家でやってきた
どうにもならない人と繋がり続ける
唯一の方法だったから。
表現すべきは、旦那だなと
食事が終わった後に
とつとつと、淡々と話してみた。
別にもう喧嘩をしようと思わない。
ある意味で諦めてしまったから。
でも、
「本当は、諦めたくなかったし、諦めたから楽になっている部分はあるけれど、落胆もあるし、思ったよりもダメージを受けていたみたい。
石活で気持ちが切り替わってしまうから、その効果を実家でやっていたように、旦那に採用して、なかった事にしようと逃げてたみたい。でも、もう、それも違うと思う。」
「私はこれからどんどん、余計なものを脱いでゆくし、素直になっていくよ。その意味を考えていて。」
誰かが言っていたけれど
人って
どんなに付き合いが多くても
実は、一つの人間関係しか
生きていないんだって。
何十年か前に聞いた時に、
( なんか、わかる気がする・・)と
思った覚えがある。
私はある意味で
二重人格っぽいからw
一つ、はないけれど
総括して一種類とするなら
そのパターンを生きているなと
知っている。
私がそれを投影しているのか
その投影を生きさせてくれる似た人を
アンテナが無意識に選ぶのか
どっちかわからないけれど
私も
連鎖に絡め取られるように
生きてきた。
尊敬する所を持つ旦那だけど
旦那の中に、実家の父母が持っていた
同じものがある事に
結婚してから気がついた。
それでも、
旦那は悪人じゃないし
尊敬できる部分があったし
何より恩があった。
だから、
父母と通じる部分が見えても
ある程度、解釈を変えて
理解しようと寄り添う事が可能だった
その頃、私は底にいて
他者は正しくて
自分は駄目、という場所で生きていて
歪んでいたのだろうけれど
その心を、懸命に生きたの。
そのおかげで広がった世界も
広がった視野と実感もあったのよ。
ある部分で、救われたの。
その間、
例えれば、
雨漏りもするし食うに困るような
カツカツなシェルターだったけど、
旦那に守られていたな、と知っている。
でもね、
お互い様なのよ。
その間には
実家の親ならば、
私に突きつけられず
もしくは絶縁を企てられず
本当は、人生を振り返って、
生き直す猶予を与えられた期間だったし
旦那も、色んなチャンスの時だったはずなの。
でも、
ある意味で
私との間にある事は
失敗したのよ。
その現実を、
ありのままに伝え切った。
旦那は、わかっているの。
ただ、変わりかたがわからないらしい。
私には、それが理解ができないの。
後は、
この問題については、もう、
空に放って
なるように
お任せします。
