境界から見る景色

はじめましての気持ち

花火とお弁当

めい

母と私

亡き父へ


作ったお弁当。


詰め込みたいものが一杯で、

全部は無理だったw


メインは牛すき焼き


他も、


母が食べ慣れていて

好きなはずのものを心掛けた。


味付けも、シンプルに。


でも、一つだけ

母が知らない味を入れた。


新鮮さがあったほうが良いかな?と。


おからのポテサラ風

(いぶりがっこ入り)


母も、ちょっと気に入った風だった。


でも、最初から最後まで

一言も、美味しい、とも

ありがとう、とも、言わなかった。


母らしい・・・。


お菜は全部食べ切って、お米だけ一口残した。


ご飯の量は多かったね。


ちゃんと新米の味がして

もちもちの仕上がりだった。


一番奥のお弁当が、父の。

真ん中のお弁当が、母の。

手前の色々忘れているお弁当が、私の。💦


【内容】

★シートに包まれその日スギモトさんで一番高かった牛肉3枚のすき焼き風お惣菜。

⭐︎焼きネギ

⭐︎椎茸

⭐︎糸蒟蒻

⭐︎生麩

を、添えて


★飾り人参の煮物

★胡瓜の塩揉み

★人参のきんぴら

★酢蓮

★牛蒡の唐揚げ

★大豆ミートの唐揚げ

★かぼちゃと、赤い万願寺の素揚げ

★ムカゴの塩茹で

★いぶりがっこ入りおからのポテサラ風

★里芋の生姜醤油和え

★小葱入り卵焼き

★さつまいもの甘煮

★レタス


お米】精米したて。新米岐阜県産コシヒカリをミネラル滴下で炊き上げ、もちもち艶々に。(ミネラルとかにがり入れるとモチモチになるよねー)


➖➖➖➖➖


実は、真ん中のお弁当箱は



相続が終わった時に、


亡き父からのプレゼント旅行だと設定して


2人が生前行きたがっていた、白骨温泉と上高地に私が母を連れて行った旅先で、


母に、お土産に買ったものだった。


1人になった母の食生活が心配で

台所に立ったついでに、お昼や夜の

お弁当を詰めておけば


食べるものが出来上がっている訳で。


良いかも?と思ったの。

自分弁当。


そういう

きっかけにならないかな?と。


そのきっかけになる

お弁当箱になったら良いな、と思い


旅の終わりに、

サプライズで渡そうとした。


だけど


母は「・・・あなたが持っていてちょうだい、どうせ作らないから。」と、


受け取る気もゼロだった。


実は、


母がお土産屋さんで「いいわね〜」と

わっぱ弁当箱を目に留め手に取って、

眺めた姿を見て


隠れて買った、

そこそこ値の張る

国産曲げわっぱのお弁当箱だった。


別に、お弁当箱として使われなくても

よかったのにな・・・


旅の記憶をあれ以上悪くしない為に

心折れないように


私も「・・・わかった。私が持ってて、いつか母に、お弁当つくるわ!」そう言って


飲み込んだ。



そのまま、私の家に、あったお弁当箱だった。


そうは言ったけれど

母とはその後も、散々な事があり過ぎて、


言ったきり。


介護弁当を、毎日、母に作り置く事になった時期にも


結局、レンチンできるお弁当容器が便利で

そればかり使って


出番を失ったままの、お弁当箱だった。


その、初デビュー✨だった日。


ずっと、後悔している事があった。


父が生前、TVを観ていた時に


キャラ弁について特集されていて「いいなぁ!」と言ったの。


それが、めちゃくちゃ意外な言葉だったの。


元々、神経質で潔癖性っぽい父でした。


あんなに食材をいじり倒したお弁当、食べるものないし、気持ち悪い💦って


言いそうなタイプだったのよ。


「え?・・・」

「キャラ弁なんか食べたいの!?」

「・・・なんで!?」


本当にびっくりして

思わず 訊いてしまったぐらい。


父は、「あんなに手の込んだものを作って貰った事が無いからなぁ・・・。」と、


照れるような、切ないような笑い顔で言ったの。

(最近、そういう時の笑顔ばかりを思い出すよ。)


その空気に、心動いたのに。


当時、キャラ弁にかなり抵抗があった私は

父に、作らなかった。


キャラ弁とは言わずとも、

機会を作って、手をかけて作ってあげたら良かった・・・と、


後悔しかない。


だからやっと、叶ったの。


---------



夜の打ち上げ花火を観るために


隣県に行って、


花火の打ち上げを待ちながら

車の中でお弁当を食べる【案】に


母を誘った。


去年も連れて行ったイベントでした。

最終日で、花火が上がって観れて感動したの。


そして今回は、それを利用して

お弁当を作る機会を、あえて作ろうと企画!


何か、区切りのようにも感じて。




その花火は


打ち上げ時間はだいたいで大まかで、


打ち上げ花火の個数も

多くはなくて短いから


現地で

待ち構えている必要があるの。


だから、早めに行って

車中でお弁当!作戦、だった訳です。


私が用意したお弁当は、


キャラ弁ではなかったけれど

父の仏壇にもお弁当を御供えしてから


花火に出掛けた。


ジジ、キャラ弁はもう少し待っててね。


父なら、きっと・・・

一言ぐらい

「うん、美味しい!」って

言ってくれただろうな・・・


でも、


その父の空気、

語り口調を


想像できるだけ、幸せなんだな。

それを知った。


母は、想像すら出来ないから。

現実も、その通りだったし。


大した量でも、

大した内容でもないけれど


まるで、お正月の御節を作るように

素材を3日まえから回って集め


一つ一つを


大切に心を込めて、仕上げた。


実は、


あんなに小さいお弁当箱で、少しづつなのに


時間と手間暇がかかった、お弁当だった。


それを、


何でもないように

母に、差し出した。


母も、

何でもないように食べた。


私は


今まで食べてはインスパイアされた

美味しいヴィーガン弁当や無添加お弁当屋さん達の、数を作る大変さに想いを馳せつつ


お弁当に、元気をもらった事に感謝して


私が、私の作ったお弁当を

感動しながら、美味しく食べてきましたよ(笑)


もう、それでいいのよ。


だって、全部が


タイミングよく

素晴らしく収まった

奇跡の花火🎇だった


絶対に意味がある。


私が、そうしたくて設定した日。


この日は、


いつか、必ず


報われないほどに


未来の私を自由にする、

記憶になるはず。


---------



実は、ずっと小雨が降っていて、


花火が上るか上がらないか

賭けだった。


あがったら良いなぁと

車内で気もそぞろに、

お弁当を食べながら待った。


食べ終わって、一息

母がくつろいでタバコに火をつけた

まさにその時、爆音が響いた。


一発目の花火だった。


やったーーーー上がった🎆


母と2人で興奮した。





駐車した広場の目の前が

花火の打ち上げ場所だったの。


車は広ーーい駐車場所に、たった7台ほどだった。


こんなに集まる人が少ないって事は、

花火は中止かな?


でも、ネットで中止の情報は拾えなかったから・・・と、

賭ける気持ちを捨てられなかった。


諦めなくて良かった!!!



短い花火だったけれど


もの凄く近くが打ち上げ場所で

クライマックスの連打もあって

十分過ぎるほど、迫力だった。





花火が終わって


ひと呼吸


はぁ〜✨

上がって良かったね〜✨

ここは穴場だったね〜✨と


母と言いあって、すぐ


フロントガラスを打つ雨が、大粒に変わった。


ギリギリ💦叶った✨


神がかり的な、花火だった。



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父のお弁当も、位牌も

現地に持ってこればよかったな、と思った。


でも、位牌まで、意気込んで持って出掛けて

花火が上がらなかった時の


落胆💧を、背負いたくなかったの・・・


できるだけ気楽に、

気にしない風に装って・・・


本当は、違ったから。


母にも あえて『花火が上がらなかったら、河原にお弁当を食べにきた夜ドライブだと思って!』



明るく振る舞った。



けれど、


全部、本当は、一生懸命企画した


私には、


何か大きな心の区切りの、

大切なイベントだった。




何かが、変わる。

何かが、終わる。




さぁ、いこう。


そんな気持ち。


花火は区切りを飾ってくれた象徴で


これから始まる

私への合図の


狼煙ーのろしーのようだった。

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