一周忌

もうすぐ父の一周忌が行われます
本当は7月下旬が命日ですが。
母は「もう、やらなくていいでしょう。」と言っていて
今の関係を考えれば
それぞれに供養をして
心で想えばいい、とも思いましたが・・・
父が可哀想な気がして・・・
私が一周忌を仕切ったら姉を呼びません。
母は、やるなら家族でお墓でお経をあげて貰うだけ、と、
言っていたので
そう信じて、姉に託しました。
姉が仕切っての一周忌にも
私は行きませんが
私は ずっと供養の心で過ごしているので
姉に供養の機会を、譲った形でした。
想定内でしたが、
母は家族だけで、と言っていたのを覆して
親族に声をかけて
会食までの一周忌になりました。
親戚を呼んでの一周忌にしたのは
決して、父の為ではないはずです。
一番は
姉夫婦➕母だけで向き合う法要は
裏切った人達だけの集まりだから
バツが悪く
無意識でも、逃げたくなったんでしょう。
姉は、49日の間、父の仏壇へ向かう事すら
逃げた人だったから
どれだけ、自分のやましさに怯えていたか
よくわかります。
私的には、
(そのメンバーでやり遂げなよ、それも供養じゃん・・)
と、思って機会を譲ったのもあったのに。
世間なみに建前通りの一周忌をやり切る振りをして
姉は、きっと逃げたんです。
どちらにしても、
立ち回る演技を親戚にみせておきたい人達です
姉と母的には、親戚を呼んだ方が
自分を騙せて、都合が良いの。
そこで振る舞う自分が
本当の自分だと思いたい人達だから。
他人の中で
盛大に(また) 演技をするんでしょう
49日の時のように。
うんざり
阿保みたい・・・
じゃ、我が家は
『私は欠席するけれど、旦那が出席します!』
と、伝えたら
当てが外れたようで
一周忌の後の食事を
法要するお寺の施設以外のところに移動して、すると言い始め・・・
その違和感で気づきました。
その、お墓が入っているお寺は
ビルになっていて
会食のお部屋はちゃんとあるの。
全て、そこで手配でき完結できるようになっている今時の施設なのです。
親戚で来るのは
足腰弱ってるご老人ばかり。
法要のお経を終えて
エレベーターで下に降りれば
食事会場という好都合の中で
わざわざそうする理由が、透けてみえました。
旦那に会食を辞退させたいのね。
これも策略です。
こういう術に長けた姉。
49日法要の時も狡かった。
旦那を外したいのは気持ちわかります。
親戚との会話の中で
嘘がつけなくなりますから。
お得意の、盛大なる演技も
やりにくいでしょうから。
真実を知っている旦那が来る事、
話す機会を与える事が嫌で
何とか阻止したかったんだな
私の代わりに
行くよ!と言ってくれてた旦那でした。
一周忌での、姉のおかしな言動に、目を光らせる役目に自然となるだろうと思っていたけれど
こんな工作までして
場所を移動してまで会食をする事を
旦那にお願いするのも忍びなくて
もう、いいや、と思いました。
私が出ないと決めたのだから
そんなものに付き合わせ、
背負わせるのも、おかしな話。
姉が何をしたいのかも分かったし
士業の女性達にした事と同じで
どんどん外堀を固めてゆきたいのでしょう。
そうしたいなら
したらいい。
姉や母が
どんなに取り繕って
親戚中に「何を」アピールしようと
真実は変わらないもの
彼らが一人一人背負って
墓場に持ってゆくものだ。
誰にどうアピールしようと
真実は 変わらないのだから。
一周忌が
真実は『私が知っていれば、いい』と
自分に言い聞かせて続けた(そうするしかなかったから)
集大成なんだな。
士業の女性2人を抱き込み
そして親族も抱き込みたい・・・姉の策略に
対抗して一緒に堕ちない、という
選択の集大成
私が私に言い聞かせた事を
本当に実行して
本当に、吹っ切る作業が
一周忌なんだな
こういう事か、と
思いました。
これが終わったら何かが変わるのかな
叔母達から父への兄妹愛は
生前も感じませんでした。
その程度の関係の親族が
生き残っているだけです。
母が引き金を引いて自◯してしまった
叔母とだけ、父は仲が良くて・・・
その方は、心がある方でした。
あの世で逢えたかな・・・
2人でこんな母の事を どうみてるんだろう
今の叔母達には、父の一周忌すら
暇を持て余した老人のイベントです。
血という、縁だけがあって。
これが真実で。
もう、魂を解放したい
この世の儀式
しきたりなどに
後ろ髪を引かれなくて いい。
さようなら
もう、やめよう。
だいたい、
託して直ぐの、直近の平日に、
わざわざ一周忌の予約を入れた事も
旦那の参加を避けようとした対策だろうって
気づいてた。(最初に親戚呼ぶタイプの法事なら旦那が出るとは言ってあったので)
普通なら、
直近の平日など、我が家の仕事事情では
参加できない確率、超・大だから。
唯一の孫である息子の参加は考えたが
大学の教職に必須の授業があるの。
今は昔と違って厳しくて。
教職のゼミだから教職だった父も理解してくれるはずと、諦めた。
平日に法要を持ってきた姉の策略なのを
その悪意を父に心で伝え
大事な孫には無理はさせないよと報告。
父の本当の命日に一緒にお参りに連れてゆくよ
私は体調不良と公言しておいて、と
旦那に託した。
もう、それでいい。
士業の女性達を抱き込んだように
親戚に対して、同じ事がまた起こる、と思うと
心はざわざわして
正直に言えば、やっぱりまだ 苦しいけれど
私にとって大切な人や
自分の中の誇りを思い出して
手放すよ
もう姉とは、魂で、縁を切るの
ご先祖様
ジジ、
もういいでしょう
これ以上、
私を
私達家族を、
踏み躙らないで。
そう、支えてよ。
あなた達の世界があるとしたら
あなた達も変わるんだよ。
父を この一年、
思い浮かべない日はなかったよ
去年の今頃は・・・と。
お経を毎日、あげたよ。
自然と覚えるもので
まだ少し
段落ごとの出だしが危うい部分はあるが
ほぼ、空でお経をあげられるようになった。
この世に
儀式として残る供養についても
言われるがままではなくて
深く考えるきっかけになった。
どれが残されたものの都合で出来上がった仕組みか、
何が、父の為なのか。
心持ち、についても同じように
ずっと問い続けた。
故人や
祖先に向き合う
残された生きている者の姿勢とは?
故人との向き合い方は
逝った後からでも、必死に故人に向き合えば
自然と、誰に教えられなくても
自問自答でつながって辿り着く場所があった。
そういうものだった。
自分にとっての答えが
誰にも、ある。
それを自分で探すことが
それが本来、
最も重要な供養なんだと
今は感じます。
供養も、お仕着せで
誰かの言うがままにして
供養した気になりたければ、
そうすればいい
でも、魂は知っている
それでは、供養などになっていない事に。
供養すら
負の遺産
連鎖として引き継がれてきたんだ
供養は本来、
あの世が あろうとなかろうと、
この世での在り方・姿勢と
大して変わらない向き合い方だと
私は悟ったよ。
本来、そうあるべきだった。
でも、現世ですら
心を開いて自分を看取ってゆけない人が
供養で急に
それができるようになる訳でもなく。
多くの人が
人が逝ってしまう時揺れて
それでもうまく自分に向き合えないと
49日の間父を避けた姉のように
心は、自然と無意識に
姿が無くなった魂へ怖れを感じるし
向き合えない未整理の心は
混沌とした無意識の後悔になって渦巻き
そこから逃げる為に
他力本願の供養が必要になるの
丸裸になるぐらいまで
相手との関係の中で
自分を正直に見切れて
率直に ただ
自分と故人にOKが出し切れたら
もう供養は8割、終わりだよ。
その上で
時々、自然に心に湧く時に応えて
食事をしている時になら「ジジもどうぞ」
温泉に行く時に「一緒に行くよ。」
そんな感じに
思い出して、一緒にいる事が
本物の供養だと、私は思う。
そして
それをできたら
どれだけ父の後ろにいるかわからない、
脈々と続くご先祖さまの供養にも
なっているはず、なの。
大勢のご先祖様の細かい無念は
もう分からないし、晴らせない
個々の全てを詳細にわかり切る事も
もう出来ないけれど・・・
父へ、愛は捧げられる
その愛は、ご先祖様に繋がっている
何故なら
全ての集大成として
DNAを受け継ぎ
ここ、先端にいるのが
私達なのだから。
さまざまな心を見切って(←これが最も重要.これなくして愛はない)
愛を感じたなら
もうそれが、ゴールでは?
全ては、今にある。
今を生きる、
今、ここ、が
最も大切なのは
道理なの
あの世に持ってゆけるものは
心だけ
あの世に伝えられるのも、心だけ。
ならば
嘘偽りなく
魂へも ここでやり取りしよう。
じゃなきゃ意味がない。
怒りも
恨みも
呪いも
悲しさも
温かさも
恋しさも
愛しさも。
その上で
ありがとう
ごめんね
許してね
愛しています
これを
心を込めて
唱えられる心の場所を
私の中に、創り続けるよ
それが 私の供養です。