境界から見る景色

はじめましての気持ち

受診日と葬儀

めい




今、16時12分

駐車場に着きました。


9時台に家を出て、受診

介護の諸々を終えて帰宅。


母は、先日の叔母さまのお通夜から

気が沈んだのを察している


ぼやんとした様子



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母は


お通夜の式場に行くまでの道中ですら、

叔母さまの悪口を言いたくてたまらなくて



2つほど、私に話を振ってきた。


内心うんざりしつつ


でも、


今日、向き合うのは

叔母さまとのお別れで、


葬儀に向かう最中に母と喧嘩をして


お別れの時が穢されないように(父の旅立ちは、母姉に、そうされたから)


大人の対応で堪えて


母には 1ミリも同調も同意もしないけど

事を荒立てない程度に線を引いて


会話を終わらせた。


そこでやめればいいのに二つ目もあったな。



私は、母の悪口には同意しないのに

何故ずっと、言い続けるのだろう???


普通、誰かの悪口って、共感が欲しくて

吐露したりしない?


だから


相当信頼している相手か

共感が得られそうな相手にしか

口にしないよね。


でも、母はずっと言い続けている。

(まぁ語る友達もいないしね。)


でたどり着いたありのままの結論は


母の悪口は、社長が部下にする

パワハラ的なのと同じなの。


ずっと、そこに自分を据えて(私は同意してない。だからずっと面白くないのでしょうが。)


母は「私が悪口を言っても、あんたは黙って同調すべき立場の人間。そうすべきでしょう!」


と、本気でずっと思い込んでいるの。


どこでどうそうなって、何故そこから降りられないのか、


私には理解ができない。


モラハラ上司の価値観で、子である私に対して

ずっと生きている。


産む前


母は子を、老後の為に産むと決めた。

これ、本当の話。


悪びれず何度も聞かされた。


子どもは嫌いで欲しくなかった人。

最初は産まないと父と合意していたそう。


その発想と心理からも、


母自体、父母に良い育てられ方を、

されてこなかったのだなと、予想がついたよ。


それでも、老後が不安になって

老後の為に、思い切って産んだのよ。


そして、長女は跡取り、

次女は下僕。


最初からボタンは掛け違ったまま

どんどん歪んでいったの。


修正も出来ず、

ただ、我を張って、我を張って

一度も降りられず


突き進んでしまったね・・・


お馬鹿だよ・・・


もし、本当に

誰の中にも神の精神が宿っているなら


全てを悟るあなたの魂は、


今、何を想う?


今この瞬間にも


その失敗した人生を

一瞬で反転させる事が出来るのに


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通夜に行くまでは

いつもの太々しい母だったのに


叔母の亡骸にあって

家族の嘘っぽくない涙に出会って


最後に、坊さんの説教があって


それは 

母に向けられたような言葉達だったよ・・


まるで、母の目をみて、坊さんが

〜すべきです!って(本当にこの口調なの。)


母に説教しているようだったの。


私は、昔からその坊さんが苦手だったし

以前、法事で全く同じ話を聞いた記憶もあって


( 相変わらず同じ話だし、まぁ偉そうに。)って

思っただけだったけど


今回は、母に響いたらしい。



帰りの車で

母はずっと沈黙していた。


老いると


身近な人の死が

深く重く感じるようになるものだし


それだけじゃない事も

感じていたでしょう。



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今日も、母はぼやんと。


いつもより重い空気、

投げやりな空気でした。


同情?して

寄り添う気持ちになったのに


ぼんやりの空気の内訳を、知る事になりました。


母からうっかり漏れ出すものから

母の心の在りよう、輪郭は

スキャンできてしまうからね・・・。


あぁ、全く 同情したり、

心寄せるタイミングではなかったと、


自分の甘さを悟ったのでした。




ただ、


叔母が旅立って、衝撃はあったのでしょう。



そこで起こる心の葛藤に

真っ直ぐ向き合えず



それをまた、


私に背負わせたくて

たまらなくなっていたらしい。


母のロジックは知っている。


叔母さまが羨ましかったのです。

子ども達を想い、想われ仲睦まじく。

最後まで立派に、思い遣りあって。

大切に時を支えて旅立った。


我が家で父が旅立つ時に

母と姉に1ミリもなかったもの。


でも、母は


私は悪くない。

私は何も変わらないけれど

お前が飲み込んで取り繕えばよかったのだ。


そしたら


今の現状はなかったのに、という

心が渦巻いていたのよ。


馬鹿だよ。


もう私は、それを許さないし

背負わないのよ。


あなた達がしたことは

あなた達が背負って

現実に起こる事を受け止めて


この世を去るのよ。


私だってこんな家族と

こんな出来事を背負う人生だったなんて

あんまりだとしか思えない。


それでも、ありのままを直視した。


母も、私がもう許容しないと

勘づいているし


それをしたら

今、介護されている立場が

危うくなる事も分かっているから


以前やり続けたように

ぶつけたくて堪らないけど

できなくて

悶々としていたようです。


屑っぷり健在


叔母さまの美しさとの対比に

やるせなさが募った。



人は


衝撃がやってきて


そこから「どう生きるか?」という事に

向き合えなければ、


結局は


今までと同じ母なのよ。



私は、心を寄せる事も、できません。


そう出来ないように

母が自分でしている事に


気づかないと。




何も変わらなかったら


多分、きっと、後はここから

転がるようにボケるだけでしょう。




母の魂の深いところでは

叔母さまの「凄さ」を感じているのでしょう。


感じてしまったのでしょう。


平凡な日常の中にある

大切なものを

大切にして


本物の実感を手にして、

あの世に旅立った方。



母は、自分の人生の失敗も

魂レベルでは感じてるのよ。



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叔母さまは、

最後まで生き切った方でした。


多分、最後まで、


子ども達の気持ちを考えて


心配をかけて

苦しんで欲しくないと


前向きに

諦めてないよ!と

頑張る姿を見せる事で


叔母さまは


自分の愛する

娘や息子達の苦しみや悲しみを、


減らしていたと思います。

減らしたかったんだと思います。


本物の、立派な親だなって思いました。


心から羨ましく眩しく思いました。


最後の時が迫る旅立ちの1時間前

巡回に行った看護師さんにも、

夜中の2時に「ありがとうねー。」と

はっきり御礼を言っていたそうです。


それが最後の言葉だったそうです。


その1時間後の巡回では

意識がもう無くて、そのまま旅立たれました。


安らかなお顔で


駆けつけた親族が、そのお顔を見て

本当に苦しんでいなかった、苦しまず逝けたのだと思えて、救われたそうです。


また、エンディングノートを

娘さんと書いていたそうです。


葬儀を近しい人と家族だけで、というのも

叔母さまの「意思」でした。


それも今日、母に伝えました。


死を見据え


子に迷惑をかけないように


子や孫とのお別れ

心置きなく、

を邪魔される事なく


子が対応に追われて

手を煩わせる事なく


最後のお別れの時間を

身近な人達だけで

嘘くさくなく大切にできるように


全部を整理して、

子に託して

旅立ってゆかれました。



私の父母には、

微塵もない姿でした・・・。


真逆の姿でした。




私の母は


叔母さまの葬儀に人が少なかった事に

腹を立てていました。


息子・娘に対して、

苛立ちを見せていたの。


勤めていた学校は3つもあったし

今でも生きている繋がりのある人間は

たくさんいるはずなのに!!と。


しめやかな家族葬であった事が驚きで

不愉快だったようでした。


何故、母が憤慨するのか

私には意味不明だったけど


帰りの車の中で

母が口にした言葉はそれだけで、

母には重要な事だとわかりました。


母は「自分中心」の思考だから


◯家の嫁なのに!

◯家がみすぼらしくみえるじゃない!・・・

などと思っていたのでしょうか?


いいえ 違うな。


母は、多分、投影したのです。

自分の葬儀に。


こんな家族だけの葬儀なんて嫌!!!と。


(そりゃ、複雑なものを家族に背負わせたまま逝くのだもの。純粋に死を悼むだけに、なれない関係です。)



母は、仕事で、都合よく残った

お祭り好きの音頭を取る人間がいた

クラスの教師だった事で


今でも付き合いがあるのだけど


知ってみたら、

慕われているというより

そういう設定にいるだけで


何千人と関わった生徒がいる中で

残った繋がりは

お祭り好きのリーダーがいるクラスの人だけで


他の生徒は、

誰一人も、繋がっていなかった。


だよね、


違和感あったんだよ。


母は、その幻想を与えてくれる生徒達に

すがっているの。



嘘くさい幻想でも

何よりそれが重要なのは


周りの人間を踏み躙っているからだよ。


叔母さまとは真逆、とは

そういう意味。


なんちゃら症候群の人だもの。

あなたは凄い人だって、チヤホヤして欲しいの。


自分が死んだら


そんなお祭り好きの人達からの

お言葉や、弔問が欲しいのでしょう・・・


私が


「やっぱり叔母さまの意向で家族葬だったそうだよ。」と伝えた言葉にも、


私もそれでいいわ、とは絶対に言わず


ただ、母は不服そうに「・・・。」と、

無言でした。




あなたは、嫌で嫌で、たまらないのね。


自分は、多くの人に何かを与えられた、と

信じたいのね。(幻想だけど)


それを葬儀でも主張したいのね。



でもね



家族へは・・・


もう、言う必要もない・・・ね。


一緒に生きてきた人間は、


騙せない。

騙せないのよ。



全部見て

全部知られている。


どう思われてきたかも、知っていて

修正する事も出来ない自分も知っていて。



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他人が、


母が求める幻想を

阿吽の呼吸で理解して


実現してあげるべく

チヤホヤしに来てくれるの。


不思議な、浅い関係です


それぞれに抱えた問題がある

寂しい人達が集っているのでしょう。


母が呆けて、

私が生徒さんに会う機会が増えて(調整)

知りました。


あぁ、こういう関係か、と。



大丈夫、


葬儀には伝えてあげるよ。

あの人達だよね。


お芝居を、

最後までしてもらったら、いいよ。





でもね、


だからと言って


その人達が、

その時悲しむ姿があったとて


それがどんな構造か

私は想像がついたし


私のアンテナは誤魔化されない。


それが、何?


あなたが逝くまでに

あなたが何も変わらないなら


あなたに対して想う事は、

なにも変わらないよ。



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今日も一緒にいると



ふっと、した瞬間に

苛立ちをぶつけてきた。


最初に書いた事。


母の無言の、重い空気の内訳と

輪郭が読めてしまって


やっぱりか・・・って、

悲しく悔しく思うのよ。


誕生日旅行から

葬儀から

受診で1日仕事


重い空気の中にいる

母の気持ちを思い遣って

明るく接して、

介護に奔走しても


母は屑なまま


一言の労いもなく


逆にまだそのロジックで

私を心の中で踏み躙って生きているのかと。


悟ってしまう自分のアンテナも



疲れた

本当にもう疲れた。


どこにも


思い遣る心が

母に、ない事に。



叔母さまの美しさを

目の当たりにした後だから

余計に心にくるものがあった。




叔母さまの葬儀でみた美しさは

我が家には、なかったよ。


一生懸命、私は、

実現する事を求めたよ。


それが母に面白くなかったのは


自分に向き合えない

捻くれた性格だったから。


天邪鬼なまま、

抵抗し続けたよね。


それも、あなたにとっては

大した事に思っていなかったでしょう。


その選択が、何を与え

どんな現実を、連れてくるか考えず。


それが、今なのでしょう?


自分の結果なのに。



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持ち堪えて、

持ち堪えて

チャンスを作ろうとした私を


虚しく

悲しく思う事も、やめる


褒めてゆくよ。

よくやった、私。




美しいものを

最後に一度だけでも

みたい

感じたいと

願う事も


叶わないけど・・・


一緒に、成功はしなかったけれど・・・



私が、失敗したわけではないと、

知ったから。


そういう事も、ある。


決して、


結末だけが

過程の結果じゃない。


それが分かったから 受け入れるよ。



もう、あなたが醜い事も

許します。


見通せるものがあって

それが伝えられなくても


それも、あり、なんだ。


そこから繋がる

母の未来は、母のもの。


お互いにそういう人生だったってだけ。


なるように、なる。

それを受け入れるんだ。


出来る事なら


成長して

まともになっていって欲しかった。


老いるほど

楽しく

前向きに

人生を諦めずに


生きていて欲しかった。


しみったれた生き様を

見せつけて欲しくなかった。


叔母さまのように

美しく生きた母であって欲しかった。




でも、それも


できない人に持つ期待なら

エゴなのでしょう。


私のエゴを捨てるよ。


ありのままに、生きて。