【逆恨み】と【呪い】

『逆恨み』
私の人生には、なかったもの。
----------------------------------------
何故か
すぐ忘れてしまう言葉で
思い出すのに、いつも四苦八苦。
姉を形容する時に
まさにピッタリの言葉があったはずなのに、
あの言葉、なんだったっけ???💧💧💧
って、本当につい最近まで
思い出すのに長い時間が必要だった。
逆 「ぎゃく」を意識して
思い出すよう脳にインプットした。
そして、やっと引き出せるようになった。
------------
姉は
自分が逆恨みに生きている事を、
全く自覚していない。
一番最初の始まりは、
私に、だった。
次は、義母へ
その次は、父へ
都合よく、人を「使った」よ。
----------------------------
❶パワーで負けると感じる怖れる相手
❷歯向かうことで生まれるデメリットを
負いたくない相手
が、いる、とします。
深い怒りや恨みを募らせているけれど
その相手と直接、喧嘩したり、向き合う努力は
できないの。
デメリットを背負いたくなくて。
ならば離れたら?と思うでしょう?
離れられないの。
これが、『共依存』。
そこに可能性があるから、人は何度でもそうなるのね。超えられない訳じゃないから。
話を戻します。
そうすると姉は、
ぶつかれない相手は、そのままチヤホヤ扱って和やかに過ごし、
別の相手のせいにして、
ガス抜きをして生きる人なの。
この
心の構造が、もう染み付き過ぎていて
何がおかしいのか、すら
姉は、解らないのだと思います。
心の構造が歪むと、
姉の良心は「違うよ!」と
微かに心を疼かせていますが
そうすると、
表の心は余計に!認めたくなくて、
尊大になってゆくの。
本人は勝手な幻想の中で、本当に正しく、偉くなったように感じているみたい。
無様だよ
------------------
父が、病院から看取りの為に、家に帰宅した時
暴君に振る舞いたがる父を
姉がイライラを隠せない態度で、たしなめたら
父が「お前が、全部の(歪み) 根源だ!」
って、怒って言った父でした。
( あぁ、父も、本当は姉に異常さを感じていたんだな。)
と、思いました。
でも、きっと、この父の言葉で
また、逆恨みされるわ💧と、思った事を覚えています。
案の定嫌がらせは加速しました。
結局、亡くなる2日前に
「◯◯◯は(私の名前) 誤解している・・」と、
私がいない間に、
姉に、コロっとそそのかされて
言い放ち、私の心を、最後の最後で結局
踏み躙って逝った父でした。
父が横たわる向こうで、ニタニタ笑っている姉の姿は生涯忘れません。
でもね、
あの時の父には、私に微かな愛は、あった気がしています。
もう、自分では何も出来ない事を自覚した父が
出ない声を、振り絞って言ったのですから。
父も大好きだった姉を信じたかったろうし、
私にも、大丈夫だよって言ってあげたかった、気持ちだよね。
でも、あの時は
辛かったし
悲しかった
死にたくなったよ。
旅立ってから見えたかな?
あの人達の、真実を。
姉も母もびっくりするぐらい
屑だったでしょう?
---------------------------------
逆恨みする人って
たくさん この世にはいますよね。
法則でゆくと
もしかしたら人の8割はそうなのかな。
はるか昔から、近づきたくないなーと
思っていたタイプでした。
一番分かりやすい例で言えば
付き合っている人が、浮気をしたとします。
そういう時に、
付き合っている相手より、
浮気相手に文句を言ったり、
怒りや妬みや、呪いを抱く人が
逆恨みタイプの人間です。
私、この心の構造を持つ人が
本当に苦手でした。
もの凄く、都合がよくて気持ち悪い。
例えば、私が浮気されたとしても
向き合う相手は、自分の彼氏だし
2人の間でやり取りをしてゆく事です。
実際、そうやって、向き合ってきました。
私は、これができない人とは縁を結びませんでした。
今思えば、血族にいて嫌だったから人生で避けられたのでしょう。
-------------
姉と結婚した人は、父と似た人でした。
姉は旦那と、解決できない鬱憤が溜まると
上手くいかないのは全部、同居の義母のせいだと、逆恨み始めました。
私は、その話を聞かされた時
ロジックがあまりに破綻していて
『それって、彼の選択で、彼の言葉じゃん。私なら喧嘩するしぶつかるけど、何故、それが急にお義母さんのせいなの?関係なくない?🙀何故、姉は旦那にぶつからないの?それじゃ、何も解決しないよね?』
って、一度だけ、突きつけた事がありました。
その時に、
モゴモゴ、辻褄の合わない言い訳をして
結局「義母が悪いの!」キー!💢と💧
気持ち悪い姿と、思考のロジックのままでした
私は ( あぁ、やっぱりな・・・) と
昔からずっと感じてきた姉への違和感の理由を
はっきり自覚したのでした。(巧妙に隠してた)
姉が、旦那にぶつかれなかったのは
元ヤンで怖いのと
自閉アスペ傾向の人の話を聴けない旦那だから会話になりずらくて
向き合っても、どうせ自分が苦しむ事が目に見えているから、したくなかったのね。
そんなぐらいなら、フラストレーションは義母に向けておけばいい!あいつは気に食わない奴だから!って
全て、これでお終い。
鬱憤が溜まっているはずの旦那には
変わらず猫撫で声で和かに接して。
実家でも、姉は、そうやって父母をチヤホヤして、私をゴミ箱にして生きてきました。
これ、母の生き方でもあり、血の連鎖です。
そして、ぶつかってゆかない代わりに
自分に都合よく父母をコントロールする術を
身に付けていったの。
猫撫で声でキャバ嬢のようにチヤホヤ振る舞い
暗に匂わせるだけで欲しいものは引き出せる
駆け引きの術を、身につけた。
実家では、父母がそれに乗ってくれて
上手くいっていたけど。
結婚した旦那や義母には、
通じなかったんだよね。
でも、結婚ってそういう事だし。
自分を変えてゆく勇気も、
別れる勇気も、
子も迎える勇気も出せず
溜まった鬱憤は、全て義母へ向けました。
逆恨みをしている時
姉は、「本質」に向き合っているような、
錯覚、幻想に、生きているのだと思います。
自分は正しい事をしていると。
全く、真逆なのに。
------------------------------------
姉は、義母を 虐げ、苛めて、自分との不仲を理由に、
今思えば老人ネグレクトをしていました。
そして、孤独になった義母は認知症を発症し
グループホームへ。
ここで問題が。
義母は姉の、鬱憤の吐口でした。
逆恨みの対象です。
利用してやっと
旦那との安定が保たれていたの。
その重要な存在が入所で居なくなったのです。
喜んでいた姉だったけど、
一方で、実は危機だったのです。
さて、次は?
そう、父へ向いたんです。
父と、姉の旦那は、ある意味、とても似ていたから。
姉の旦那へのイライラ鬱憤は、
そのまま父への言動や行動への苛立ちに
簡単に「すり替えられて」ゆきました。
もう、ある意味、疎遠になってるのに。
無理やり父に、旦那との間の鬱憤と負を
好き勝手に「投影」して
父を逆恨みで、憎んでゆきました。
自分と旦那の関係を保つ為に。
自分が、変わらない為に
それを選んだ、狡い姉でした。
老いた父に、心は非情になっていたよ。
でも、キャバ嬢だから表面だけは
取り繕って良いことを言ってたけど
口調とか、間とか滲み出る。
父にはバレてたんだね。
そりゃそうだよ。
行動は一つも伴わなかったから。
最後に化けの皮、剥がれたよ?
それも、姉は認められない。
姉に、決定的に足りないのは
勇気。
自分にも
誰にも
関わることなく、向き合えず
逆恨みできる相手にだけ、
負を投げつけて踏み躙る。
ロジックが崩れてる持論で、捩じ伏せる。
相手の優しさや、愛や、弱みに漬け込んで。
親の死に目まで利用して
今世で、生き直せるとでも?
もう無理でしょう。
はっきり、言わせてもらおう
私
姉は
もう死んだ方がいい、
この世から降りた方がいい・・そう思ったの。
そう思った自分に、苦しんだけど
ある時ね、
姉の「不幸」は願っていない事を
自覚してしまった。
あぁ、そうか
もう姉は死んだ方がいいよって思う気持ちと
姉の不幸を願っていない自分は
矛盾はないのだ・・・って、
気づいちゃったの。
それは、深い、深い、「解放」でした。
死んだ方がいいよ、っていう想いにすら、
愛はあった事に、気づいてしまったの。
私だからみえる景色で、想える愛だった。
だから もう、
この思いを抱く自分を
恥ないし、
苦しまない。
自然に湧いてくる時は、思いを止める事もない
心のままに生きられるの。
今世で
これ以上、罪を重ね真っ黒になってゆくだけなら
向き合うつもりも、生き直すつもりも 無いのなら
この世から、タイムアウトして走馬灯で自分を見つめさせてもらいなよ。
で、来世でやり直しな。
が、イコール🟰死んだ方がいいよ、なの。
親の死に目まで、利用した人に
生き直せる可能性が、まだ、あるとは
思えなかった。
そしてその予測は、多分、当たる。
だから、心に自然に降りてきた時は
そう祈ってる。
多分、そういう時は、
時空を超えた、姉との繋がりがあって
そう祈る事が、
私に、必要な時なんだろうと思ってる。
この思いは、呪いではなかったの
情、情けなのです。
----------------------------------------------------
私は自分の心の中を探った時に
例えば、
姉が、再起不能の状態になったり
痛みと苦しみの中で地獄を生きて欲しいとか、
全然、思わなかった。
想像すると可哀想と痛みすら湧いた。
呪っていたはずなのに何故?
正直、自分に愕然としたよ。
この私の呪いは、何?と
何か違うのかも、と思った瞬間でした。
私の心の叫びは
姉へ『自分のした事に向き合え!!!!』
一点だけ、でした。
不動明王さまに出会った時に、
私だ!と思った由縁でした。共鳴でした。
➖➖➖➖➖➖
もし、
誰かの死を願ってしまって
自分を責めている人がいたら
自分の中をよく見つめてみたら
もしかしたら
自責の念から解放されるかも。
世の中の大半の逆恨み思考の人が願う「それ」とは、似て非なるものかも。
思っていけない事なんか 本当は、ない。
苦しんでいる人がいたら伝えたいです。
だいたい、このタブーな思いだって
誰もが、いつかはそうなるのよ。
自分だって逃れられない。
何故、これほどタブー視するよう
今まで、植え付けられてきたのか。
罪悪感を植え付けられてきたのか。
確かに、安易に扱っていいとは思わないけど、
苦しみに釣り合わない、タブーでした。
ここにはきっと「何か」がある。
タブーを超えてしまった、私的には
大きな疑問が湧いたわ。
純粋な、呪いと
純粋な◯を願う想いって
必ず、その中に愛があるの。
得てみて知った事でした。
この似て非なる
呪いと死への想いは
私の残りの人生で追いかけるテーマになりそうな予感すらしています。