境界から見る景色

はじめましての気持ち

友のこと❸ と、鏡







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早い時期に見出される事がほぼないらしい


凸凹息子と似たタイプの子どもを、


リアルには


見つける事が出来ずにいました。



そんな中



初めて、


(あ・・・息子と似てる・・・!!!)


そう思った子に出会ったのが、


息子が小学部2年の年でした。




同じ英語環境の学校に転校してきた、


2ヶ月、年下の、男の子。



本当に初めて、


私が持つアンテナで


唯一、似ている、と判断できる子どもでした。




凸凹的な困り感とか、ちょっと部分的に似ているところがあるな〜というのなら


いくらでもいるけれど



性格や佇まい


魂の色のようなピュアさとか


全部含めて「この種族」と言えるような


似た子どもを見出すことは


一度たりとも、なかった私にとって




あぁ、見つけた!


逢えただけで、孤独が減った出逢いでした。


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凸凹息子の凸凹名は


日本の環境の中で、


彼を守るために、


検査を受け、凸凹の名前をつけました。


『守るため』にです。


それしかないと思うところまで


追い詰められたから、です。


家族で育児をする分には、


工夫は必要であっても、

ちょっと戸惑っても

受け入れると決めて産んだ子で


持て余してなど、いませんでした



ただ愛しいだけでした。





外の環境で


しかも、とても限局されたタイプの子の餌食になって


問題になり


たった、一つの


答えもシンプルにみえる


その壁が越えられないのは


実は、日本に蔓延っている『闇』で


そこをやり過ごすのは、運、次第。


ならば、と


守るために名前を付けようと動きました。



残念ながら



名前をつけても対外的には


役に立たなかったけれど・・・






枠の外にはみ出たら


その凸凹の名前など、使う必要は


一度たりとも


ありませんでした。




息子と似ている、と初めて感じた


その子は、(以下A君とします)




初めから『環境』が違い


恵まれて


勿論、凸凹の名前など、まとう必要もなく


コミュニティで温かく育まれていました。


ゆっくり育ち、今は立派な少年です。




有能な人になってゆくでしょう。




この環境、この文化(人)の違いは


なんなのか???




私達が


通常の小学校以外の居場所に出会い


偶然、息子と似た子どもに出逢い、




初めて、日本と違う視野を持ってみて





凸凹の真実や、輪郭を



自分の『心』と『頭』で、


考えてゆくきっかけに なったのでした。



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彼らは転勤でこの地にやってきた


英語環境のスクールの校長先生の、

ご家族でした。


校長先生は異国の方で、


友になったママさんは日本人


息子さんはダブル君(ハーフ)でした。




ご家族との出逢いは


今でも、運命的なものを感じています。




私にとって生涯、大切な方達です




私達が最も孤独な時期に


最も必要な時に、


神様のプレゼントのように現れてくれ・・・


コミュニティに繋いでくれて


コミュニティそのもので居てくれました。



色んな事があったけれど、


たくさんの体験を分かち合ってくれた


大切な人でした。





そして今年、


英語環境から、


通常ルートに戻って4年目に入る私達に


まるで「もう大丈夫よね?」というかのように


移動が決まり、


自宅がある地に、帰っていかれました。





移動が決まった、と知った時から


泣けて泣けて・・・


コロナ自粛で、2年近く

思うように会えなかった事も


後悔でした


近くに居るからこその付き合いは


もう終わるんだ、


帰ってゆける場所が無くなるような


切られるような寂しさを感じました。




でも、切り替えました。




まだ、日本国内だもの。


海外に行ってしまう可能性だってある。


それに比べたら。


いつでもふらっと、今までのようにランチに行くように、気軽〜に会いに行けるように、


もっと稼ぐよ! (と、言ったら友が泣いた)




彼女は、


今まで私が出逢った中で最も


複雑で多くのものを抱えながら、


潰れず、生き抜いてきた人でした。


よくこんなに真っ直ぐ生きてこられたなと

感嘆する人生でした。


ハードな日々でも淡々と

投げ出さず、大切に こなしてゆく人でした。



似てる男の子を産む、出産前後、


彼女に起こった出来事や覚悟、

その後に背負った事も


何故か似ていて・・・


既視感を覚え


共感するしかない関係でした。





私は彼女のしなやかさの


足元にも及ばないけれど


どこか


考え方も

背負っている何かも


自分と似ている、と感じた


初めての人でした。





似ている事で、


ポジティブな刺激を受けた、


初めての人でした。




視野を広げようとした時に


多くのヒントをくれた存在でした。



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不思議と、良い繋がりの人とは


タイミングがずれたりしませんよね。



不思議ですよね



繋がらない方がいい時は、


絶対繋がらないし


繋がる必要がある時には、


タイミングよく繋がるし



自分の意識以上に、働く何かを



感じます。



私は宗教を持っていませんが



彼女は宗教を持っていて、



彼女の大切な人達が既に、虹の橋を渡っているからか



彼女は、多くのものに守られている、と、

感じる人でした



出逢わせてもらえた事も



どこかの何者からかの計らいのように

今でも感じています



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彼女からは


よく、私が弱っている時に


サラッとしたLINEがくるのです。



もう深い話はあえてする必要もない間柄



いつものように軽く話すのだけど




彼女からの一言だというだけで


私は何十倍もの力を


受け取るのです





今年、


物理的距離として離れた事にも


何か、意味があるのかな。


その方がいい理由。


それを今は


信じていようと思います。



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子育てがひと段落したら(彼女には下の子がいるから)



2人で旅行に行こう✈️が、


私達の、合言葉




今の私の、心の拠り所です。



昨日は


北陸の🦀の画像が送られてきた(笑)






あぁ🦀蟹食べたーーーーい



いつか彼女と能登に、行きたいんだ。


そう話した事があるから、

送ってくれた画像だって、わかる





これは、ささやかな願いではなく


私にはとても贅沢な、


希望なのです