境界から見る景色

はじめましての気持ち

在り方

高校の2年次の担任の先生が、

系列中学の教頭になった。


出世ですね。




この先生には


一年の時に、


言いたい事を、ハッキリと

言わせていただいた。


怖がられているタイプで、

面と向かって食ってかかる人は


そうそういない人。


その出来事を一年以上、黙っていて

随分経ってからママ友に話したら、


驚かれた(笑


想定内。

私はそういうタイプに見られないから。


それに、簡単に愚痴らないのは


それぞれの人にとって、先生の印象や繋がりがあるので、我が家の問題で、それを壊したり水をさす必要はないからね


自分で解決しに行っているので

話す必要もなくて。


ただ、「それは学校がおかしい」と言ってくれた。




多分、先生本人も驚いたと思う。


自分のキャラを自覚していただろうし。



やり取り(バトル)に関しても


息子が嫌がったら

やり方を変えようと思ったけれど


おざなりにするべき事ではないのは

私達の中で合意はできていたし


正直、これをなぁなぁにするならば

この学校を「辞めてもいい案件」だったので


息子も私のやり方に任せてくれた。


私が、


あのタイプの人間にも


引かない姿勢


誤魔化さない姿勢も


息子にも示す機会になって良かったなとも思う



その事があってから私は逆に、


学校に関わる事を増やした。


役員も引き受けた。


感謝している学校への(グループ)

恩返しもしないうちに


その機会が


そんな事で、奪われるのも嫌だったから


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私は、今の息子が通う学校に出逢えて


本当に良かったと思っているし


めちゃくちゃ、感謝している。


日本にこんな学校があるなんて


思っていなかったから。


理念が素晴らしくて


それがお飾りではなくて

生きていて、

更に生かすために


理解し、

寄り添い、

切磋琢磨する先生方と


その理念の元に

集まってくる生徒の多くが


本当に、素敵だったから。


でも、


全ての先生が


何も間違えないとか

問題がない、とは


思っていないし、


失敗することも含めて

ごめんなさいと言える事が


また魅力だった。


改善してゆこうとする姿勢がある事が


素敵だと思ってきた。




中学では、


間違えた事、失敗

それ以上はできない事も含めて


出来る限り、寄り添おうと

心を尽くしている事が伝わってきたから


失敗すら感動であって

何一つ、幻滅もなかったし


クレームを入れる事は

ただの一度もなかった。




でも、高校は少し違った。


中学に就職して、心を育てきれていないまま

高校に転任した先生が作り上げた世界で


既に権力を持ってしまっていて

振りかざしていた。


初めて『それはおかしいでしょう?』


と、思った。


こんな事すら???

という事に対して、


きっちり

はっきり


言わせていただいた。


正直、


その時の私の声を

受け止める姿勢も


全くの 駄目・ダメで💧


残念💧幻滅💧しか、


感じないまま

終わったのだった。




それでも、私は


間違った事は言ってないので


背筋を伸ばしていようと決めた。


きっと、向こうは気まずかったと思う。


逃げない私の中に


何かを感じろ!と願った。



それも一つの「信じる」カタチで


見限っているわけでは無いというメッセージでもあったと思う






2年の最後の保護者会で


コロナ禍後、初!の「ランチ会」が叶い


学校で開かれた。


全学年の先生方が、保護者のテーブルに

それぞれバラけて座る事になった時に


なんと


そのバトルをした先生が


わざわざ


私の前に、「ここ良いですか?」と


座ってきた。





今までにも、


大人の対応で


その事にはもう触れず(うちはこういう時はこうさせて貰います、と申し出てお終いに。)


個人面談なども、こなしてきた


けど、正直


壁はあった。


幻滅したままだったから。


若いし、まだこれからだろう、

頑張っているのだろうとも、思っていたが


あの時、


きちんと閉じられなかった「ほころび」は


放置されたままだったから。


ターンは私にはなくて


先生にあったから。


先生も自分に正直になれるなら


自己保身の会話しかできなかった事を

覚えているだろうから。




私は、


気まずくても


この気まずさは、私のものではなくて


先生が感じている気まずさを


感じすぎる私のアンテナの問題なのだから、


と、心を整理して


自分も奮い立たせた。




正直、息子の学校は自由で


親は全く行かないで済ます事も選べたけれど


先生が、私のその選択を勝手に都合よく解釈して、逃避の材料にされる事は嫌だった。


間違ったメッセージになる態度を取る気には


1ミリもならなかった。



内容的にも


今後も人の命に関わる事だからこそ


あなた達が、何をしたか、


気づいて欲しかった。




私は


あえて学校に関わる機会を増やし


先生から目を逸らさなかった。





そういう中で、



わざわざ、


私の真前の席を選んで


座ってきた先生だった。




へーーーーー



やるじゃん。





なにかを


受け取った。



この選択をした先生から。






これも、謝罪のうちかな。






何というか


間合いとか、気合い?


言葉はないけど「空気」に込めたやり取りを


一年以上続けてきた、集大成のようだった。





少しすっきりしたところでの


お別れで、良かったわ。





私はこの自由な学校に居ても



所々に感じる


日本独特な「甘え」や


偽物の自由や、嘘っぽい責任には


とても敏感。




保護者にも感じるけれど


特に先生方が根深く持っている


「当たり前」


特に体育会系出身の先生方が持っている


「当たり前」には


反吐が出る思い。



体育会系で、一重瞼で強面な


何というか・・少しヤンキーっぽいというか


悪い先生じゃ無いのだけど


学生も

保護者も


その空気だけで、

もう押されていて


面と向かって意見を言える人は


滅多に居ない先生に




昇進してゆく前に


ぶつかれて良かったなと思う。






本当に突き抜けて


学校の理念を生きて欲しい。




先生の


自然と怖れられる空気も



もし、本当に


生徒を守る為に生かしていただけるなら


新たな道を切り開いている学校だからこそ


大きな大きな、力になる事は


理解しているので。




何か、一区切り・・・


そういう事が多い春でした