境界から見る景色

はじめましての気持ち

信じる事ありき

毒を吐きまするw



信じる事ありきの、救いは


薄っぺらい。




私は、確かに


魂はあるんだろうなぁと思ってる。


死んだら終わりではないのだろうと


色々な不思議な体験をもとに


確信を持っているけれど。



でも、その仕組みを


どこの誰が、


その未知を語ったとしても


心は開いて聞くけれど


全てを信じる事など到底できない。


何故なら、この世に生きている人間には


未知の領域で わからない、


という大前提に生きる事に


意味があると思うから。




そのスタンスは生涯きっと、変わらない。




私は精神的なものを大切に生きているけれど、


スピリチュアルにかぶれた人とは


共鳴できないし


ずっと苦手で、


その界隈に知人はいても


友人と呼べる人は1人もいない。


精神世界の色々を深く認知する程に


その界隈で、説く概念に


則した生き方をしている人は、ほぼいなくて。


触れる世界と


人を見比べて


矛盾しか感じなかった。



自分なりに、心に向き合うほどに


そんな概念を何も知らずに、懸命に、

自分の心に沿って生きている人の方が


説かれている世界に近い人が多くて


何?このパラドックス??と、


スピリチュアルな言葉を話すだけの人達とは

群れる気には、少しもなりませんでした。




そういう意味では


流されなかった事が誇りです。





彼らは「観念ありき」


新興宗教と同じで、


宗教という枠はないけれど、


ゆる〜く共通して信じるものが暗黙の了解で存在していて、「同調して」「無条件」に信じているの。


それを信じていないと


その世界では居られないの。


それありき、の救いで。



信じないと救われないって


おかしいのよ?



よくある、高慢なものを隠し持っている人が

好んで説教したがる理論が


以下👇


『私達は生まれる場所を選んで生まれてきたの。だから全部、自分の責任。』



自分で考えた「心理学的」に紐解くと


どのみち、問題は自分が背負う自分ゴト、として把握し受け止めないと、回復への一歩は始まらない、


そういう事であって。


その場所に強引にも立たせる為に、


ファンタジーを作り上げた人がいるのでしょう



でも、


本当はね、


その場所に立つまでの「過程」が

人として最も、大切な作業なのよ。


本人も


それを支える側も。


それを大切にできない理由が、問題




100歩譲って


上記の言葉は


その観念を、安易に信じ切る事ができる人なら、

その時点では、


有効に働く事もあるかも?




でも、私は、


その言葉に隠れている


暴力を感じるよ。


その暴力を、暴力と認識できずにいる事は


愛の欠如の現れ。


自他へ取り組むのに必要な


真の癒しや変化には、ほど遠い。




こういう教祖のような人の言葉を


安易に採用して


自分の人生に取り組む人は


一見、或いは、ひと時、


人生の回復の波に乗ったように見えるかも。


でも、実は「歪」ーいびつー で


とっても危うい。


結局、誰かに身を委ねているのと同じだから・・・




決定的に


自他への愛が育たない 理由。





信じる事ありきで癒されようとする人が


逃げているものは『人にまつわる色々』


自分も『人』なのにね。


そりゃ、愛も育たないよね・・・




かぶれた人が


私達は特別なのよ〜って


思いたがっているのは、ヒシヒシ伝わってくる


でも、信じる世界を崩したくないっていう

不安の裏返しだよ


ポジティブさをブーストして、異様。



でもね、


残念ながら、全然、特別なんかじゃない。


普通の人と、ちょっとだけズレた観念を


盲信する事にしただけで


やってる事、


今までと、何も、変わってないけど?




盲目的に何かを信じないと、生きられない・・


その仕組みのままに生きていて


一体、何が変わったと?




誰にも迷惑かけてないでしょう?


って声が聞こえてきそう



果たして、そうかな?




今はね、


無意識の不安も頂点に達していると思ってる。


もう意識に上げなければ


向き合わなければ


生きられなくなってきた時代だよ。



だから


犬も歩けば棒に当たる勢いで


薄っぺらなスピリチュアリストが


激増しているの・・・



でも


愛とは程遠いものを


愛の名の下でしているのは



進化も変化も止めているのよ



それはタチが悪くて・・・



私は


この世に蔓延る悪と、


なんら変わらない害悪だなって見てるけど。

凸凹息子、大学に通う







大学が始まって10日ぐらいが過ぎたかなぁ



思いの他、タイトなスケジュールで驚いている



こんな生活で


途中から、ダブルスクールの選択なんて

できるんだろうか?


仕事の方向性を探るような余裕など

あるんだろうか?



大学受験方法は、既存のやり方も残しつつ


海外に寄せていっているなとはっきり感じたけれど


大学の在り方も、そうなってきてるんだね😱


日本の大学は


入るまでは厳しく、入ってるしまえば、

ゆる〜いというのが通説でした。(一部は除きます。)


でも、今は違うのね。


こなすカリキュラムも一杯。


留年の割合も多いらしい💦


確かに


海外からの留学生を多く受け入れ始めた頃(安倍政権時代です)


留学生から


『日本の大学にはがっかりした!』

『別の国の大学に行けば良かった!』と


と言われている動画を観たことがありました。


理由は、日本の大学は勉強するところではないと。ネームバリューの為にお金を払っている。やる気がない学べないなんて有り得ない。


そんな感じの率直な意見でした。


確かに、日本の大学の在り方って、独特だったのよね。


日本は高校までが厳しいけれど


海外は上に上がるほど順に厳しくなるのが当たり前だし、大学は学ぶところなの。


日本は「大学は遊ぶところ」とか言って、

老人の教授はのんびりで、教える気もあんまなくってね・・・昔はそんなところだったよ。


特に、文系はそれでよかったんだよ。


大学で遊ぶって、社会に出る前のコミュニケーションの勉強だった訳で。


安全に半分守られた中で、社会で生きる術を学んでいたんでしょう。


意味はあったし、日本人には通じる仕組みだったけど


海外の留学生にはディスられるのもわかる


国としては、客観視して汚点と思ったとしてもおかしくはない。


時代に即した大学の在り方を模索し改善を進めて、今があるんでしょう。



今後は海外のように、


講義にも力を入れるのかな?


正直、話を聞いている限り、


教授の質や、やる気のテコ入れは

まだまだ、できてない気がするから


途上かも。


なのに、なんか意味なく単位が取れにくくなっていて、昔より卒業のハードルは高くなっている気はするけど・・・


それって経営的にメリットあるし、

国へのやってます感も出せるというwin-winで


取り敢えずそうしてるだけでは?

と、思ったり。


大学の闇も色々ありそうだな。


それも含めて、

社会に出る前の勉強だと思えば、まぁね。




でも、講義の質については


息子ははっきり言っていた


高校の先生の方が授業は上手い。

塾の先生の方が、プロ。


研究してきた何らかの実績はあるのでしょうが


教える資質は


低いんだなぁと悟った


それも含めて、自分で学ぼうとするしかないという、社会に出る前の勉強と思うしかないのかな・・・


なんかスッキリしないけど


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息子の様子をみていて


話をちょこちょこ聞いていると・・・


息子の空気が


インターナショナルスクールから

日本の中学校に入学して、環境が激変した頃と似てる感じ。



変化を 興味津々で味わってる印象・・・




友達、はまだいないけど


ちょこちょこ言葉は交わしたり


一緒に昼食を大学の外に買いに行って食べたり


そういう付き合いは、あるみたい。



今日はサークルの歓迎会に顔を出したんだって。

やるね。




インター時代に培った 独特なマイペースさが


遺憾なく発揮されている感じだなと


ほっとした。



必須科目の実力別のクラス分けで

上位クラスに振り分けられた事も


幸運だったと思う


人数が特別少ないクラス編成になっていて


そこは落ち着いた子たちが集まっているらしい。


その講義で定期的に一緒に過ごす事になる訳で。

良いきっかけだなと思った。




心配だった苦手な体育も(協調性障害の多分、ボーダーあたりだから) 


3つの選択のうちの一つが、息子が奇跡的にできる競技だったの!


抽選だったけど、当たって良かった💦


取り敢えず、単位はクリアできそう。




息子、ツイてるよ。


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もう一つ、


凄いなぁと思っている変化✨


❶自分で朝、起きるようになったコト


高校までは、私が起こしていたの。


自分で目覚ましかけても⏰、

本当に起きないコだった。


何故こんなうるさい中で眠れるの?と

不思議に思っていたけれど


修学旅行や

卒業旅行とか


遊びの要素が強い時は、


自分の目覚ましでも起きていたから


『それだよ❗️その感覚❗️』


と、伝えてはいたんだけどね。


なかなか💦



それが、なにも言わずとも


大学が始まったら


自然に


自ら目覚ましで⏰起きて


用意をするように✨



いや〜関心✨


今日もそうやって大学に行った。


駅まで送っていけ、とも言わない。


びっくり😱だよ



案外忙しく


まだ友達もいないけども


きっと、なんか刺激的で楽しいんだな✨


良かった、よかった。


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昨日は


大学の講義が空いた時間に


高校時代の友人で

今は他の大学に通っている友に誘われて


なんと


高校の先生に会いに行ってた💦💦


この前卒業したばっかりなのに???


先生達、めっちゃ忙しいのに

迷惑じゃ❓❓❓って諭したけれど


息子は友人に誘われた側で、


誘ってきた友達には、今、先生方と会うのは必要な心の栄養なのかも知れない・・・


と思うと、


強くは言えず


まぁ、高校の在り方が「いつでも来ていいよ!」(でもアポ取ってね!) がポリシーだから


確かに、アポは取れたらしいし・・・


まぁ、いいか。


でも先生達、忙しいからね❗️❓と念押しし

送り出した。




もう、本当に ありがたい事だよ💦


こうやって温かく支えていただいている。




息子、高校の先生から、


宿題を貰って帰ってきた。


卒業生の声を何かの冊子に載せるので、

一文、書いて!と。


おぉ、


それぐらいやりなさい。


褒めちぎりなさい!


と言っておいた。


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高校の時に先生から聞いた話を


息子は覚えていた。


先生の話


『大学に入って、緊張から急速に近づいて

すぐ友達のように振る舞う子たちもいるけれど


半年ぐらいすると本当に合うか合わないが分かって、ばらけ出すんだって。皆んなちょっと疲れてくるし、トラブルも背負い込みだして。


けど、そういう時まで、無理しないでマイペースに過ごしていた子は、自然と自分に合う友達が向こうからやってきて、楽しく大学生活送ってる。待ちの姿勢も悪くないよ。』


こんな話を、してくれた事があったの。


コミュニケーションがそれほど得意じゃない意識がある子達には


リアリティある先輩の体験談を、先生が噛み砕いて教えてくれたのは


とってもありがたかった。


息子も


そのまんま。


中学校も高校もそれでとても幸せに過ごせているし


大学もまた同じ感じでスタートを切った。


聡明な学びを得ているなって思う。


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大丈夫かなぁって心配していた親を尻目に


なんかウキウキ大学に通い出した息子


『本当に大丈夫なんかな?』


という旦那に


『多分、大丈夫だと思うよ。だって、お風呂で鼻歌出てるもん(笑)』


そう


これ、小学生からのバロメーター


お風呂で歌を歌う時は、大丈夫👍


歌が消えた時が要注意⚠️だった。


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今日も、お風呂から鼻歌が聞こえてきた♬〜


ふっと私も笑顔になる


良かった。



良かったね。


今日もよき日だったのね。

くたくた一緒くた煮物

ある日の夕食


朝早くから出掛けて、大学の講義を受けて

帰宅するのが19時過ぎという・・・


ゆる〜い高校生活から一変


まぁ、普通の高校生はこれぐらい

当たり前にこなしてきたんだろうけど。


息子の身体を労う為に


優し〜いご飯を作ろう!と煮物にした。



が💧


夕ご飯を楽しみに帰ってきた息子は


ちょっと残念そうな顔・・・


ごめーーーん💧


ワクワク感、足りなかったね。


鶏肉も一杯入ってるんだけど💦


油っぽいもの・・ツナ缶開ける?と聞いたが


んーーー大丈夫、要らないよ と


煮物をおかわりして、食べてくれた。


『あっさりも、たまにはいいよ!』 とも。


気も使える大人になりました・・・


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この見栄えが悪い(笑)


薄味のごった煮の煮物は


義母から受け継いだ味です。



うちの家系は 


薄味のごった煮は作りませんでした。


筑前煮(実家では炒りどりと呼んでいや油で炒めて煮あげる味の濃い煮物の事です。)以外で


多種類の具材が入っている煮物は、

一つも家庭の味にありません。



私は初めて、義母のお裾分けで食べました。


正直、初めて見た時


『え!?😱 なんか・・・節操なく色々入ってて下品💧野暮ったい・・・💧』


そう思いました。


が、思ったと同時に、


『あ💡 私、まだ、食の周辺で偏見あったんだな〜💦』と


気づかされまして・・・


印象深い一品なのです。



はっ💡とさせられたまま


味わってみたら、


特別、なにが美味しいわけじゃないけど


滋味深ーーく


ほっ〜っとする優しい味でした。




ごった煮に 開眼!👁って感じに!



義母のごった煮には


とにかく色んなものが入っていました。


大根・人参・牛蒡・竹輪・蓮根・里芋・隠元・筍・大豆・枝豆・高野豆腐・鶏肉・蒟蒻・椎茸・厚揚げ・昆布や、ゴマメで使うような小魚もそのまんま!入っている事もありました。



具材は決まっていないようで、


その時にあるものを炊き合わせているようでした。


その、色んな具材を


薄味に、お出汁でやわやわに炊いてあって・・


素朴な滋味深い煮物になっていました。




うーーむ、なんか、いいかも!👍と


印象は180度、反転して


それから、私もよく作りました。


シャトルシェフという保温鍋を持っていたので

大活躍でした。




でも、息子が生まれてからは遠のいた💦


野菜嫌いだったからね💦



息子が、味の濃い筑前煮を好ましく

食べてくれるようになってからは、


似た素材でも、つい筑前煮を作ってしまうし


この、薄味のごった煮物は

息子的にも、かなり久しぶりだったかも。



食べてくれたので、よかった。


具材は義母より少なかったな〜



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筍ご飯


この地方の筍です。


今年 初get!新筍✨


今日は 筍ご飯でお昼でした。


炊き立て✨


美味しい〜✨


炊き込みご飯はジャーに入れて置くと

食感が変わるのが残念なので


移し替えて冷ましてしまいます。



食べる時にその分だけ温めるか


そのままでも。


私は常温ご飯 (冷やご飯ともいう)が

結構好き。



が、この炊き込みご飯には


実は、味付けに ちょっとだけ迷いが。




アミノ酸 (旨味調味料)・・・


入ってない調味料だけで炊くと


あっさりな感じで。



多用はしない派なので、


大抵は、無しで作り上げる。


私は美味しいと思えるけど


我が家の男性陣の本音はどうなんだろう・・・


いつも美味しいと、食べてくれるけど


本当は、物足りないかな、とかね。



外で食べる味とは、ちょっと違うもんなぁ・・


どっちかっていうと


懐石料理のシメのご飯のような・・・



でも、うちで食べる炊き込みご飯は


家庭のご飯で、シメじゃないし💦





あやつを🐼使うか、使わざるか・・・


シンプル系の炊き込みご飯の時は


特に


悩ましくなるのです・・・