境界から見る景色

はじめましての気持ち

生姜とシンクロニシティ

気持ちを切り替えよう


そういえば、読者になっているブロガーさんが


「生姜」について投稿されていたのを外出先で気づいた時、


私はちょうど「蒸し生姜」の本を買った直後だった(笑)


こういうタイミングを

私は大切に思っている。


ちょっと飛んだように思えるかも知れないけど、


神を感じるような

そんな感じ


こういう時って

なんて言うんだったっけ????

・・・アレだアレ・・

最近言葉が出てこなくなって(苦笑)


この前なんか、姉の名前の漢字が出てこなくて焦った。


う〜ん・・・そうだ シンクロ!

シンクロニシティ✨


私は宗教は持っていないけれど

シンクロニシティが起こる時

うまく言えない気持ちになる。


その中には畏怖に似た気持ちもあるけれど

深い肯定を得たような、嬉しさ、のような 誇らしさのような なんとも言えないものを感じる


こういう感覚って、

子どもが親に認められたり、褒められた時の感覚に近いんじゃないかな?と


想像してみたりする。


ここぞという時に裏切らない存在。


シンクロニシティは裏切らなかった


そんな体験だったからこそ、

真に救われる事もあったのでしょう


小さなシンクロも有れば

超絶ミラクル!なシンクロもありました


私には親はいても

いない、と感じているのが正直な感覚で


強いていうなら、

このシンクロニシティが

私にとって親のような存在だった気がする


話は「生姜」に戻るが


最近、また生姜が美味しく感じ始めた事と、

息子が冷え性になったのもあって、


「また取り入れる時期がきたのかも?」と、


より温まると聞いた「蒸し生姜」の本を買ったのでした。


昔、生姜のパウダーを取り入れていた頃がありました。

焙じ茶にたくさん入れて飲むのが、辛くてめちゃ美味しくて。あの辛さが大好きで。


思えば、子供の頃から生姜は好きでした。


蛤の佃煮は蛤そっちのけで、甘辛く煮しまった生姜が目当てだったり、

レバーを煮た時の生姜のかけらが何よりご馳走だったり(笑)


自分で料理をするようになって

「そうだ!生姜だけ佃煮にしたらいいんだ!」と、生姜だけの佃煮を自分の為に作ってきました。


ご飯のお供。

素朴な幸せです(今は高血糖で封印ですが)


思えば、身体が欲していたんでしょうね。

そして合っていたんでしょう。


その後、産後何年か経った頃

(その頃はもう生姜パウダーを飲まなくなって

久しい頃でしたが)


何故か生姜の風味が嫌に感じて


キッチンから生姜が消えた時期が

数年続きました


大好きな薬味だったし、

いつもキッチンには常備してあるはずのものだったので


自分でも めちゃくちゃ意外でした。


でも、そういう感覚を信じているので

素直に観察しつつ距離をあけてました。


多分、今は

摂らない方がいい時期なんだろうと。


確かにその頃、

冷えとは無縁になった時期でした

もう一つ、菊芋にアレルギーを示した頃でした。近縁なのかな?


そしてまたここ一年、


自然に惹かれて、生姜がキッチンに戻ってきました。

また、美味しく感じています✨


身体って不思議です。


きっと「今」なんでしょうね


シンクロは大抵3つ重なったら

本格的に動きます


さぁ今年も引き続き

身体と対話して整えていきます