境界から見る景色

はじめましての気持ち

「紅白なます」と こころ


母から持たされたお節料理。


実は、紅白なますは、母の作るお節の中でも

苦手なものです。

大人になって箸はつけられますが、あの匂いも味も今でも好んで食べません。


私が好きかどうかなど関係なく持たせるのも母です。私の好みなど興味がないし知ることに価値を感じない人です。


それでも、もう老いて

一生懸命作っていることを知っているから


あと何回あるのかわからないし、

「ありがとう」と受け取り、


高血糖に響くだろう甘い甘い紅白なますを、

年始にお盆に少しずつ配膳して、食べました。


でも、私の家族にも紅白なますは好まれず。


息子は一本だけ。

旦那も高血糖中だし盛り付けたものは食べてはくれたけど、元々酢の物が嫌いな人だから


それ以上箸は進みません



2日になってもたくさん残っていて

私一人で食べていくのか・・と思ったら


捨てたいのに、捨てられない

そんな気持ちとの葛藤でした。


母は、私が嫌だと言うものほど、

やめて欲しいと言う事ほど、

私に突きつける人でした。


そんなトラウマも浮上していました


でも、母の老いに見えてしまう哀愁に

同情してしまう自分もいて


たった一品の紅白なますに

重苦しい気持ちになっていました。


こんな気持ちのまま無理に食べる事が

私の人生「そのもの」な気がして。


で、振り切るように


リメイクしよう!と。


苦手って、仕方ない。


私は生々しい紅白なますは嫌いですが

「煮なます」は大好きなんです。


なので、母の紅白なますを素材にして

「煮なます」に作り替えました。


「煮なます」なら、息子も旦那も普通に食べてくれるので、残っていた母の「紅白なます」は全て2日のお昼で食べ終える事ができました



これがリメイク済みの「煮なます」


私が作るのは具がいつも3種だけ。

これが好きになったきっかけの投稿の方が

3種だったので。でも、五目で作るのが本式かな?


紅白なますを通して

何かを再認識した気持ちです


私は母には共感したり

母の持っているものをそのまま

受け継ぐ事はほとんどありませんでした


母が表現する好みも視点も価値観も

残念な事に違いました。

違いすぎました・・・


母は私が存在するだけで

自分が否定されているように

感じてきたのかも知れません。


しおらしい人じゃない分

私に対する否定やコントロールは

過酷でしたが。


私は私、それでいいよね

ただ私でいることで誰かを傷つけている訳じゃない


もう一度自分に言い聞かせるように



美味しくいただきながら

そう思ったお正月でした